沈括

北宋時代中期の傑出した人物、沈括（しん かつ）は、政治家であると同時に、天文学、数学、医学、地理学など、多岐にわたる分野に深い造詣を持った稀代の学者でした。字は存中、夢渓丈人と号し、仁宗が治めた1031年に生まれ、哲宗の代にあたる1095年にその生涯を終えました。

生涯

杭州銭塘県の出身である沈括は、仁宗期の嘉祐年間に科挙に合格し、進士となります。神宗の治世に入ると、太子中允や提挙司天監といった要職を歴任しました。実務能力に長け、史館検討を兼任するなど、その才能は広く認められていきました。特に、地方での行政手腕は高く評価されています。淮南地方を襲った飢饉に際しては、察訪使として派遣され、穀物の価格を抑え、荒廃した農地を復興させるとともに、灌漑設備の整備にも尽力しました。また、浙江省の水田管理や、太常丞・修起居注として民政の刷新にも貢献しました。知制誥や通進銀台司への昇進を経て、河北西路察訪使に任じられます。

外交と政治改革

外交面でもその才能を発揮しました。遼からの使者が黄嵬山（現在の山西省忻州市原平市にあたる地域）の領有権を主張した際、沈括は枢密院に保管されていた古地図を丹念に調査し、長城が両国の明確な境界線であることを論理的に主張しました。この的確な対応により、遼側の要求を撤回させることに成功し、この功績によって翰林学士権三司使に抜擢されました。
政治改革においては、王安石が進めた新法（募役法など）に対して賛成の立場をとりました。特に、労役に関係のない士大夫層から募役法への不満が出た際には、彼らの批判に反論するなど、改革派としての姿勢を明確にしました。

その後と晩年

政治の中枢で活躍した後、集賢院学士として宣州知州を務め、さらに龍図閣待制、知審官院を経て青州知州に任じられますが、赴任前に延州知州に転任となりました。地方官としても優れた統治を行い、その名声は高まりましたが、ある事件に巻き込まれたことから、均州の団練副使へと左遷される不遇を経験しました。
哲宗の元祐年間に入ると、秀州に渡り、その後、光禄少卿として南京（現在の河南省商丘市）に赴任します。官職を退いた後は、潤州（現在の江蘇省鎮江市）にある夢渓園に隠居しました。この隠居先で過ごした8年間は、彼の学術的な活動にとって重要な時期となります。1095年、夢渓園でその生涯を終えました。

学術と著作

沈括は、その生涯を通じて類稀な博識ぶりを示しました。天文学、地理学、律暦、音楽、医薬、数学、卜算といった自然科学や技術、歴史、文学、芸術に至るまで、その知識は広範であり、文章にも優れていました。多くの著作を残しましたが、今日まで伝わる主なものとして、以下の著作があります。

『蘇沈良方』8巻：医薬に関する著書で、後に蘇軾の医説が付加されました。
『長輿集』19巻：沈括自身の文集です。伯父の沈同、兄の子である沈遘・沈遼の文集と合わせて、『呉輿三沈集』として知られています。
* 『夢渓筆談』：随筆集。天文、暦法、数学、物理、化学、生物、医学、歴史、地理、文学、芸術、社会風俗など、多岐にわたる事柄に関する記述が含まれています。この書物は、当時の中国における科学技術の到達点を知る上で極めて貴重な史料であり、単なる随筆にとどまらない学術的な価値を持っています。平凡社東洋文庫からも翻訳が出版されています。

政治家として宋の国政に貢献し、学者として後世に多大な影響を与えた沈括は、北宋が生んだ最も知的な巨人の一人と言えるでしょう。その博学多才ぶりと、実務能力を兼ね備えた生涯は、現代においてもなお、多くの人々の関心を惹きつけています。

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