沖縄国体日の丸焼却事件

沖縄国体日の丸焼却事件

沖縄国体日の丸焼却事件は、1987年（昭和62年）10月26日に沖縄県で開催された第42回国民体育大会（沖縄国体）の少年男子ソフトボール競技会開会式で発生した出来事です。読谷平和の森球場において、知花昌一氏が諸旗掲揚台に掲げられていた日本の国旗、いわゆる日の丸旗を引きずり降ろし、その場で火をつけて燃やしたことで社会的に大きな反響を呼びました。この事件は、「日の丸事件」や「日の丸焼き捨て事件」など、様々な名称で報じられています。

当時の日本には、国旗を法的に定める法律が存在しなかったことから、第一審判決が「日の丸を国旗と認めた初の司法判断」として注目されました。また、控訴審では、沖縄戦における集団自決をはじめとする沖縄の歴史や現状に対する認識が争点となり、知花氏の行為が単なる器物損壊にとどまらず、表現行為（象徴的表現）に当たるかどうかが深く議論されました。

事件の経緯

第42回国民体育大会が沖縄で開催されることが決定したのは1984年（昭和59年）7月です。大会の主催者である日本体育協会、文部省、沖縄県は、開催基準要項で大会開始式における日の丸旗の掲揚を必須と定めていました。しかし、競技別開始式については細則に委ねられており、国旗掲揚は定められていませんでしたが、これまでの国体では慣例として行われていました。

1986年1月、沖縄県実行委員会は「沖縄国体開始式・表彰式実施要項」を決定し、競技別開始式にも国旗掲揚を取り入れる方針を示しました。これを受け、少年男子ソフトボール競技会の会場地であった読谷村の実行委員会は、日本ソフトボール協会と協議の上、実施要領を策定しました。

一方で、読谷村内では日の丸掲揚や君が代斉唱の強制に反対する動きが強まっていました。1986年12月には村議会で反対決議が採択され、村民約3割にあたる8000名以上の署名が集められるなど、強い抵抗がありました。当初、読谷村長の山内徳信氏は、これらの村民の意向を踏まえ、日の丸旗の掲揚をせずに競技会開始式を行いたいと考えていました。

しかし、日本ソフトボール協会会長の弘瀬勝氏は、これまでの慣例に基づき、日の丸掲揚は必須であるとの立場を取りました。開催日が迫る中で、山内村長が方針変更を伝えたことに対し、弘瀬会長は日本体育協会の意向に反するとして受け入れを拒否し、1987年10月22日には日の丸を掲揚しなければ会場を変更する可能性も示唆しました。

この強硬な申し入れに対し、読谷村実行委員会は協議の末、10月23日に日の丸旗を掲揚することを決定し、翌日公表しました。

この経緯を知った知花昌一氏は、弘瀬会長による圧力によって読谷村民の意向が踏みにじられたと感じ、日の丸旗が掲揚されれば村民の意思が無視されることになると考えました。彼は開始式で日の丸反対の意思を示す横断幕を掲げることに加えて、万が一日の丸旗が掲揚された場合には、単独でこれを引きずり降ろすことを決意したのです。

そして1987年10月26日午前9時頃、読谷平和の森球場の開始式で日の丸旗が掲揚されたのを確認した知花氏は、その旗を引きずり降ろして燃やすことを実行に移します。彼はスコアボードの壁を登り、センターポールに固定されていたロープをカッターナイフで切断し、日の丸旗を降ろしました。そして、その場でライターで火をつけ、球場に集まっていた人々に見せつけるように掲げた後、地面に投げ捨てました。

知花氏はその場で現行犯逮捕されるつもりでしたが、知人の勧めにより現場を離れました。同日午後4時に記者会見を開いた後、午後5時過ぎに那覇地検沖縄支部に出頭。午後9時、器物損壊と建造物侵入の容疑で沖縄県警察に逮捕されました。

裁判の経過

知花氏は器物損壊罪などで起訴されましたが、日本の国旗に関する法律が存在しないことを理由に無罪を主張しました。裁判では、建造物侵入罪、器物損壊罪、威力業務妨害罪の成立が争点となりました。

1993年3月23日、那覇地方裁判所での第一審判決では、知花氏の行為は建造物侵入罪、器物損壊罪、威力業務妨害罪の全てに当たると認定し、懲役1年・執行猶予3年の有罪判決を言い渡しました。この判決は、日本の国旗に関する法的な定義がない中で日の丸旗を保護の対象となる「国旗」とみなした点などで注目されました。

知花氏は判決を不服として控訴しました。1995年10月26日、福岡高等裁判所那覇支部での控訴審判決では、第一審判決を支持し、控訴を棄却しました。控訴審では、知花氏の行為が沖縄の歴史や現状を踏まえた表現行為、すなわち象徴的表現にあたるかどうかが主要な争点の一つとなりましたが、裁判所はこれを退けました。知花氏が上告しなかったため、この控訴審判決をもって裁判は確定しました。

事件の影響

日の丸焼却事件は、その後様々な形で社会に影響を与えました。

事件後、知花氏やその家族に対する報復行動が発生しました。1987年10月28日には知花氏の経営するスーパーに放火事件が起こり、11月3日には店が襲撃され、店内の備品が壊される事件も発生しました。逮捕された犯人の中には、日の丸焼却に対する反感から犯行に及んだと供述した者もいました。また、11月15日には、事件を糾弾し、読谷村民の名誉回復を求める集会が開かれています。

さらに、同年11月9日には、読谷村のチビチリガマにある平和の像のレリーフが破壊されているのが発見される事件も発生しました。この事件で逮捕された右翼団体の構成員は、日の丸が焼却されたことへの報復であると自供しています。

一方で、知花氏やその家族、そして従業員を支援する動きも生まれました。平和運動に取り組む人々などが支援の意思を示すため、知花氏のスーパーで買い物を組織的に行う「買い物ツアー」なども実施されました。

また、事件当日に知花氏の逮捕を妨害したとして公務執行妨害罪で逮捕された男性の裁判もありましたが、1993年に無罪が確定しています。

この事件は、日本の国旗や国家に関する問題、表現の自由、そして沖縄が抱える歴史的背景や社会構造といった様々な問題を浮き彫りにし、現在もその議論は続いています。

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