河原者

河原者（かわらもの）

中世日本の社会において、河川敷やその周辺地域を主な活動場所とし、特定の生業に従事していた人々の中に「河原者」と呼ばれる集団が存在しました。彼らは当時の一般社会とは異なる、一種の被差別民として認識されていました。史料によっては「河原乞食」や「河原人」とも称されています。

歴史的記録と起源に関する伝承

河原者が歴史上の文献に初めて登場するのは、平安時代後期の記録にさかのぼります。『左経記』という書物に、長和5年（1016年）の記述として、死んだ牛の皮を剥ぐ作業を行っていた「河原人」の存在が確認できます。これは、彼らが早くから皮革加工といった特定の仕事に関わっていたことを示唆しています。

また、河原者の出自については、一般の人々とは異なる伝説的な由緒が伝えられています。曹洞宗の伝承を記したとされる『河原根本之切紙』には、仏陀の弟子である須菩提が輪廻転生して犬となり、その犬の体から出たものが石榴花に降りかかり、そこから河原者の祖先が生まれたという話が収録されています。この伝承は、河原者の起源を人間以外の存在、すなわち動植物に求めるものであり、形は人間に似ていても、彼らを人間とは異なる存在と見なす考え方の根拠として用いられたと考えられています。

多様な生業と居住地

室町時代に入ると、河原者の活動内容はより多様化し、様々な記録にその姿が現れるようになります。彼らの中心的な生業は、古くからの皮革加工に加え、動物の屠殺でした。これらの仕事は、穢れを伴うものと見なされ、社会の一般的な階層とは隔絶される一因となりました。彼らが河川敷やその周辺に住居を構えたのは、これらの生業との関連が深く、皮革加工に大量の水を必要としたためであるという説や、河原が無税地であったためであるという説などが提唱されています。

しかし、河原者の活動は屠畜や皮革業に留まりませんでした。彼らはまた、井戸を掘る技術を持ち、行商を行ったり、当時の芸能（後の能や歌舞伎などに繋がる要素）に関わったりすることもあったと記録されています。さらに、造園業、特に石を用いた庭造りにおいても優れた技能を発揮しました。中には田畑を所有し、農耕に従事した事例も見られ、彼らの生業が単一ではなかったことを示しています。

著名な人物：善阿弥

河原者の中から、その技術によって高い評価を得た人物も現れました。特に有名なのは、室町幕府の第8代将軍である足利義政に仕えた庭師の善阿弥です。彼は庭園の作庭に長け、京都の銀閣寺（慈照寺）の庭園は、彼とその子孫が手がけたものとして知られています。室町時代以降の京都に見られる石庭の多くは、河原者（当時の記録では「御庭者」などとも呼ばれた）によって造られたと考えられており、彼らの造園技術が当時の文化に大きな影響を与えたことがうかがえます。

近世以降の変遷と現代における用法

戦国時代を経て近世に入り、豊臣政権や江戸幕府によって厳格な身分制度が構築される中で、河原者もまた、固定的な被差別身分の中に組み込まれていったと考えられています。彼らの多くは、皮革加工などを主な生業とする集団として、特定の地域に居住することを定められました。

現代においては、「河原乞食」という言葉が、かつてのような被差別民を指す直接的な呼称として日常的に使われることは稀ですが、芸能界においては、俳優などが自らを謙遜あるいは嘲笑する際に用いたり、逆に芸能人を軽蔑する際に用いられたりすることがあります。東野圭吾の小説『手紙』でも、主人公が被差別的な立場から芸能活動を通じて差別や軽侮に直面する様子が描かれており、現代社会における「河原乞食」という言葉が持つ、差別の含意が示唆されています。

研究における論点

中世の被差別民は一般的に「非人」と総称されることが多いですが、河原者がこの「非人」に含まれるのかどうかについては、研究者の間で論争が存在します。また、近年、京都や奈良を中心に、中世の河原者の居住地と近世以降の被差別部落の居住地が重なる事例が多数報告されており、この点は部落の起源を巡る論争において、中世起源説を支持する根拠の一つとして注目されています。河原者の歴史は、日本社会における差別や身分制度のあり方を考える上で、重要な論点を含んでいます。

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