沼田鈴子

沼田鈴子：アオギリの語り部、平和への生涯

1923年生まれの沼田鈴子さんは、広島市への原子爆弾投下で被爆し、左脚を失うという大きな悲劇に見舞われました。しかし、絶望の淵にいた彼女を救ったのは、被爆アオギリの力強い生命力でした。その経験から、彼女は自身の被爆体験を証言する活動を始め、世界中で平和の大切さを訴え続けました。

被爆前の日々

沼田さんは活発な少女時代を過ごし、安田高等女学校を卒業後、広島逓信省で働いていました。太平洋戦争下の日本において、彼女は勤労動員にも駆り出され、戦争の影を身近に感じながら青春時代を過ごしました。

被爆と戦後

1945年8月6日、沼田さんは広島逓信省内で被爆しました。爆心地から1.3キロメートルという距離でしたが、瓦礫の下敷きとなり左脚を重傷を負いました。戦時下の混乱と真夏の猛暑により傷口は化膿し、最終的には左脚膝下を切断せざるを得ませんでした。さらに、戦地へ赴いていた婚約者の戦死の知らせが追い打ちをかけました。彼女は戦争によって、左脚、婚約者、そして未来への希望を失ったのです。

戦後、アメリカ軍による被爆者の記録撮影を受け、その映像が後に彼女の人生を大きく変えることになります。退院後、義足での生活に適応しようとしましたが、社会の差別や偏見に苦しみ、仕事をやめてしまうほどに心身ともに追い詰められていきました。

再起と教師生活

絶望の淵にいた沼田さんでしたが、被爆アオギリの再生を目の当たりにして、生きる希望を取り戻しました。懸命に勉強を重ね、母校の安田女子高校で家庭科教師として働き始めます。28年間、教師生活を送る中で、彼女は自身の被爆体験を隠しながらも、生徒に語りかけることもありました。

被爆体験証言活動

1970年代後半から始まった「10フィート運動」を通して、沼田さんは自身が映っていたアメリカの原爆記録フィルムの存在を知ります。当初は公開に抵抗を感じていましたが、他の被爆者の励ましを受け、世界に原爆の悲惨さを伝えようと決意しました。

国内での活動

ヨーロッパやアメリカを巡る旅で、沼田さんは多くの人々に被爆体験を語りかけました。その証言は、大きな反響を呼びました。帰国後も、広島平和記念公園などで、修学旅行生や多くの子供たちを対象に、証言活動を続けました。彼女は「碑めぐり」という独自の証言方法を確立し、平和公園内の慰霊碑を巡りながら、被爆体験や平和への思いを語りました。

活動を通して、沼田さんは「おばちゃん」と呼ばれるほど親しまれる存在となりました。高齢になってからも、車椅子に乗りながら証言活動を続け、多くの人の心に平和のメッセージを届けていました。

国際的な平和運動

沼田さんの活動は日本国内にとどまりませんでした。韓国、ハワイ、中国、イタリア、アメリカなど、世界各地を訪れ、被爆体験を証言しました。特に、真珠湾攻撃の反省を込めて、アメリカで加害者側の立場から謝罪を述べたことは、大きな衝撃を与えました。彼女は常に、被爆者であると同時に、戦争を起こした加害者側の国の国民としての責任を自覚していました。

反原発運動

チェルノブイリ原発事故を機に、沼田さんは反原発運動にも積極的に参加しました。原発を核兵器と表裏一体のものと捉え、その危険性を訴え続けました。

晩年と没後

高齢になってもなお、平和への強い思いを持ち続けた沼田さんは、2011年の東日本大震災と福島第一原発事故の衝撃を受け、入院しました。しかし、入院中でも「核兵器廃絶をめざすヒロシマの会」に参加するなど、活動を続けました。同年7月12日、心不全のため87歳で亡くなりました。

沼田鈴子さんの活動は、多くの人々に深い感銘を与え、平和への意識を高めることに大きく貢献しました。彼女の遺志は、現在も多くの人の心に受け継がれています。

参考文献

川良浩和・山田真理子『ヒロシマ花一輪物語 被爆者・沼田鈴子の終わりなき青春』
広岩近広『青桐の下で 「ヒロシマの語り部」沼田鈴子ものがたり』
* 広岩近広『被爆アオギリと生きる 語り部・沼田鈴子の伝言』

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