泗川の戦い

泗川の戦い

泗川の戦いは、文禄・慶長の役における重要な戦いの一つで、慶長3年（1598年）10月、朝鮮半島の泗川で勃発しました。島津義弘率いる島津軍約5千が、明の武将董一元が指揮する3万とも言われる明・朝鮮連合軍を撃退したことで知られています。圧倒的な戦力差にもかかわらず島津軍が勝利したこの戦いは、伝説的なものとして語り継がれていますが、明軍の兵力や死者数については、資料によって大きな差異が見られます。

背景

1598年9月末から10月初旬にかけて、明・朝鮮連合軍は、西から順に順天倭城（小西軍）、泗川倭城（島津軍）、蔚山倭城（加藤軍）へ同時に攻勢を仕掛けました。この「四路並進策」は、三路の陸軍と一路の水軍が連携し、朝鮮半島南岸に点在する日本軍を一気に壊滅させることを目的としていました。

この中で、董一元率いる中路軍が泗川倭城を攻撃目標としました。泗川は日本軍の戦略拠点である釜山と、最西端の順天倭城・南海倭城の中間に位置しており、ここを失うと西方への連絡が断たれる可能性がありました。泗川には、島津義弘と息子の忠恒が率いる約1万の島津軍が駐屯していました。

宗軍や立花軍からの援軍の申し出を義弘は断り、島津家単独で明・朝鮮の大軍を迎え撃つことになりました。

泗川古城での前哨戦

連合軍の接近を知った義弘は、泗川古城、永春、昆陽、望晋に配置していた部隊を泗川新城に集結させようとしました。しかし、泗川古城の部隊は撤退が遅れ、明・朝鮮連合軍に包囲されました。

泗川古城を守備していた川上忠実率いる数百の兵は、約1万石の食料を保管していました。9月27日、明軍は古城を強襲しましたが、川上忠実らは果敢に抵抗し、明将の李寧や盧得功を含む数百人を討ち取りました。しかし、多大な死傷者を出し、圧倒的な兵力差から古城を放棄し、泗川新城への撤退を余儀なくされました。撤退時に忠実は36本の矢を受け重傷を負い、150人以上の兵が戦死しましたが、何とか新城へ辿り着きました。

泗川新城の義弘は、忠恒からの援軍派遣の進言を、兵力不足を理由に拒否し、新城の防備を固めることに専念しました。一方、忠実は瀬戸口重治に命じて敵の食料庫を焼き討ちさせ、これに成功しました。これにより、食糧不足に陥っていた連合軍は、短期決戦を強いられることになりました。

明軍は、接収した泗川古城で軍議を行い、10月1日に泗川新城への総攻撃を決定しました。

泗川新城での戦闘

義弘は泗川新城を背に強固な陣を敷き、伏兵を配置しました。連合軍の攻撃に対し、義弘は大量の鉄砲や地雷を用いて対抗しました。また、鉄片や鉄釘を詰めた大砲も使用しました。

明軍は、茅国器、葉邦栄、彭信古らが大手門を、郝三聘、師道立、馬呈文、藍芳威らが左右を固め、董一元が中軍として新城に迫りました。籠城戦を展開した島津軍は、敵軍を集中射撃で迎え撃ち、激しい戦闘が午後まで続きました。

戦闘中、明軍の火薬庫が爆発し、煙が視界を遮ったことで連合軍は混乱に陥りました。その時、白と赤の2匹の狐が城中から明軍陣営へ走っていくのが見えました。これを見た島津軍は、稲荷大明神の加護による勝利の兆しとして士気を高めました。

この機を捉え、島津軍は城門を開いて打って出ました。義弘は伏兵を繰り出して敵の隊列を分断し、本隊も攻撃に転じました。義弘自ら4人を斬り、忠恒も槍で負傷しながら7人を斬るなど、奮戦しました。混乱した連合軍は疲弊していたこともあり、壊滅的な被害を受けました。

島津軍は南江の右岸まで追撃し、逃走する連合軍兵士は南江で多数溺死しました。10月1日夜、島津軍は泗川の平原で勝鬨を上げ、戦いは終結しました。連合軍の残存兵力は1万程度だったと言われています。

この戦いで義弘は「鬼石蔓子」（グイシーマンズ）と恐れられ、その武名は朝鮮だけでなく明国にも知れ渡りました。『朝鮮王朝実録』には、三路の戦いでの明・朝鮮軍の敗北が、人心に恐怖をもたらし、逃亡準備を促したと記されています。

絵本太閤記での記述

『絵本太閤記』では、泗川古城を守備していたのは伊勢兵部少輔定正（貞昌）とされています。また、泗川新城は新塞城と記述され、「鬼・島津」ではなく「怕ろし（おそろし）のしまんず」と表現されています。明軍の兵力は4万余、島津軍は義弘の5千余、忠恒の1千余、伊勢兵部少輔定正（貞昌）の300余、合わせて6千3百余とされています。討ち取った明兵の首は3万余と記されています。

勝敗の原因

島津軍は、戦力差から長期戦が不利になると考えていました。一方、明軍も大軍を維持するための食糧が不足しており、島津軍の奇襲で食料庫を焼失したため、短期決戦を余儀なくされました。

心理面では、連合軍は指揮系統が複雑で、混乱すると収拾が難しく、敵が少数であることから勝利を楽観視していました。島津軍は、この戦いに敗れれば日本軍全体が危機に瀕することを理解し、釣り野伏せ戦術の経験から全軍の意思を統一していました。

これらの要因が複合的に作用し、島津軍の奇襲や伏兵が成功したことで連合軍が混乱し、瓦解した結果、寡兵の島津軍が勝利を収めました。また、島津軍が効果的に使用した大量の鉄砲も大きな要因です。

影響

泗川での明軍の敗北は、他の戦線にも影響を与え、明・朝鮮連合軍の「四路並進策」は失敗に終わりました。本来は、水陸からの四軍が連携して順天、泗川、蔚山の日本軍を各個撃破する計画でしたが、中路軍の敗退により、相互協力が不可能になりました。

太閤豊臣秀吉は泗川の戦いの前に亡くなっていましたが、その死は秘匿され、その後日本軍に撤退命令が下されました。島津家は、泗川での勝利と露梁海戦での小西軍の脱出成功（この際、朝鮮水軍の大将李舜臣を討ち取った）の功績により、文禄・慶長の役に参加した大名の中で唯一加増を受けました。一方、明軍は予想外の敗北に衝撃を受け、指揮官を厳しく処罰しました。

帰国後、義弘と忠恒は高野山に慶長の役の供養碑を建立し、その中で泗川の戦果を「大明人八萬餘兵撃亡畢」と記しました。また、味方の被害について「右於度々戰場味方士卒當弓箭刀杖被討者三千餘人」と記述しました（露梁海戦での被害も含まれている可能性が高い）。

現在でも、宮崎県小林市には泗川の戦勝を記念した「輪太鼓踊」という舞踊が伝えられています。

関連項目

* 寡戦

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