露梁海戦

露梁海戦

概要

露梁海戦（ろりょうかいせん）は、文禄・慶長の役（慶長の役）における最後を締めくくる大規模な海戦です。慶長3年（1598年）11月18日未明、現在の韓国慶尚南道南海郡露梁津（ノリャンジン）付近の海域で行われました。この戦いにおいて、朝鮮水軍を指揮していた名将、李舜臣（イ・スンシン）が戦死したことで知られています。戦いの結果については、朝鮮・明連合軍が大勝したとする韓国側の記述（露梁大捷）と、日本軍が目的であった撤退を成功させた作戦とする日本側の記述があり、評価が分かれています。双方の具体的な戦力や損害についても不明な点が多く、資料によって異説が存在します。

海戦の背景

慶長3年（1598年）秋、日本軍の最左翼を担っていた順天城（朝鮮南部の要衝）を守備する小西行長らの部隊は、南下してきた明・朝鮮連合軍による約二週間にわたる陸海からの猛攻を退けました（順天城の戦い）。連合軍はその後、拠点である古今島（コグムド）へ退却しました。間もなく、豊臣秀吉の死去に伴い、朝鮮に展開していた日本軍に対して本国への撤退命令が伝えられ、各部隊は釜山方面への撤退を開始します。

順天城の小西軍も撤退準備を進めていましたが、日本軍の撤退の内情を察知した明・朝鮮連合軍が再び順天城を海陸から包囲したため、小西軍は孤立し撤退が困難となりました。既に巨済島（コジェド）に集結し撤退準備を終えていた島津義弘、宗義智、立花宗茂らの左軍諸将や、撤退の差配を担っていた寺沢広高（正成）らは、小西軍の窮状を知り、急遽兵船を仕立て、順天城の小西軍を救援するため露梁津方面へ向かいました。これを察知した明・朝鮮連合水軍は、順天城への包囲を一時的に解き、救援に来る日本艦隊を迎撃するため露梁津方面へ移動しました。

戦闘の経過

11月18日未明、露梁津の海峡を通過しようとした日本軍は、南海島北西の竹島の陰に潜んでいた明水軍と、同じく南海島北西の観音浦（クァヌムポ）に潜んでいた朝鮮水軍によって出口付近で待ち伏せされました。これにより、日本軍は南北から挟撃される形で戦闘に突入します。島津軍の一部を率いていた樺山久高らの部隊は海峡突破に成功しましたが、本隊とは分断されました。突破した一部部隊は、当初朝鮮水軍が待ち伏せていた観音浦に逆に押し込む形となり、浅瀬に座礁して船を失い、徒歩で南海島を横断して東岸に脱出しなければならない事態も発生しました。

主将の島津義弘が乗る船も、潮の流れにより後方に孤立し、敵船から熊手などで引き寄せられ切り込まれそうになる絶体絶命の危機に瀕しましたが、他家の救援もあって辛うじて脱出できたと伝えられています。島津家の家臣、川上久国は自身の日記に、海戦においても敵の偵察に用心し善戦した立花・高橋軍に対し、自軍の死傷者が非常に多かったことを嘆く記述を残しています。また、宗義智は朝鮮船六十隻を捕獲し、日本軍の撤退に利用したとされています。このように、戦況は日本軍にとって不利に進み、夜が明ける頃には大勢は決し、日本軍の撤退により戦闘は終結しました。一方、明・朝鮮連合軍が包囲を解き日本側援軍を迎撃に向かったことを察知した小西行長は、順天城からの脱出に成功しました。

明・朝鮮側の史料では、連合軍の勝利が強く強調されていますが、明軍の副将であった鄧子龍（とうしりゅう）、朝鮮軍の主将李舜臣、さらに李英男（イ・ヨンナム）、方徳龍（パン・ドクリョン）、高得蒋（コ・トゥクチャン）、李彦良（イ・オニャン）といった朝鮮側の諸将が戦死したことが記録されています。一時的に突出した明軍の主将、陳璘（ちんりん）も、日本軍の包囲から間一髪で逃れたとされています。対照的に、日本側の文献では有力な人物の戦死は記述されていません。ただし、『征韓録』では島津軍の戦死者として実名で26名が挙げられています。

海戦後の経緯

順天倭城にいた小西軍は、連合軍による海上封鎖が解かれたことを確認し、11月19日早朝に順天城を出港しました。露梁海戦が発生した海域を避け、南海島の南側を大きく迂回するルートをとり、翌20日には無事巨済島に到着し、撤退を完了しました。小西軍が露梁海戦に直接参加することはありませんでした。同じく20日には、南海島に残されていた樺山久高ら約五百の島津兵も順次海路で収容され、西部方面の日本軍の撤退は全て完了しました。

結果

この戦いの結果については、前述の通り史料によって記述が分かれています。明・朝鮮側は、夜間の待ち伏せという奇襲戦法をとったにもかかわらず、結果として順天城からの小西軍の撤退を許してしまい、海戦においても日本側の将クラスの首級を挙げることはできませんでした。その一方で、李舜臣や鄧子龍をはじめとする多くの将官が戦死するという大きな犠牲を払っています。日本側は、救援対象であった小西軍の撤退を成功させるという戦略目標は達成しましたが、夜間戦闘における待ち伏せ攻撃により終始不利な状況を強いられました。

双方ともに部隊の損害は甚大であり、まさに痛み分けであったと言えるでしょう。戦術的には苦戦を強いられた日本軍が粘り強く戦った側面が目立ちます。また、多数の捕虜を得ることで戦勝を証明しようとしていた明・朝鮮側の戦略意図は、有力な日本側武将を捕らえられなかったことで破綻したとも考えられます。

備考

史料

露梁海戦を記録する当時の史料は複数存在します。明の正史である『明史』、李舜臣の日記『乱中日記』、朝鮮王朝の公式記録『朝鮮王朝実録』、日本側では島津家臣の覚書『薩摩朝鮮軍記』や川上久国の『川上久国雑記』、『泗川御在陣記』などがあります。政権中枢にいた柳成龍の回想録『懲毖録』も重要な史料です。後世の編纂史料としては、島津久通の『征韓録』や川口長孺の『征韓偉略』があります。また、参謀本部編纂の『日本戦史・朝鮮役』には多くの史料が列記されていますが、露梁海戦に言及した箇所については、いまだ研究が進んでいない状況です。

参加兵力について

日本側の参加兵力については、五百隻とも三百隻とも言われますが、これらは日本側史料に基づくものではなく、その実数や兵力構成は不明確です。参考として、参加諸大名の動員定数は合計で1万7千ほどでしたが、実際の動員数はその八割程度と見られ、非戦闘員の割合も高かったと推測されています。日本側の損失についても、朝鮮・明側史料で二百隻とされることがありますが、日本側の記録による裏付けはありません。『征韓録』では船舶の損害を「夥し」としつつ具体的な数字は挙げず、戦死者も26名の名を挙げるに留まり「其外戦死の人々多し」としています。

明・朝鮮連合水軍の参加兵力も具体的には不詳です。『明史』には陳璘に与えられた兵力として兵1万3千余、戦艦数百とあり、『乱中日記』には順天城攻め中に百余隻の増援があった記述があります。日本側史料では、海戦時の明船を五、六百隻、朝鮮船を百隻とするものがあり、『日本戦史』では合わせて五百隻の数字を採用しています。朝鮮水軍については、『懲毖録』に順天の戦い以前の兵数として八千余人、『宣祖実録』に明水軍1万9千4百、朝鮮水軍7千3百28人という数字が見られます。明・朝鮮側の損失数は、戦果報告に偏っているため不詳ですが、日本側史料には朝鮮船四隻、明船二隻を捕獲したという記述や、立花宗茂が朝鮮船六十隻を捕獲したという記録があります。

李舜臣の戦死について

李舜臣の最期については、史料間で記述が異なります。朝鮮側の柳成龍の『懲毖録』では「日本軍を大いに撃破し、これを追撃している最中に鉄砲の弾丸で戦死した」と記されています。同じ朝鮮側の『乱中雑録』では「鉄砲を持った倭人（日本兵）が船尾に伏せており、李舜臣に向け斉射したところ弾が当たり人事不省となった」としています。中国の史料『明史』では、「鄧子龍を救援に赴き戦死した」と簡潔に記されています。日本側文献の『征韓録』には、小船で先行した鄧子龍が討ち取られるのを救援しようと進出したところを日本兵に囲まれ船を乗っ取られたと記すのみで、死に至る詳細な経緯は残されていません。

日本側捕虜について

露梁海戦及びその前後の戦いで捕虜となった61名の日本兵（降倭）は、朝鮮側から明へ送られ、明の万暦27年（慶長4年/1599年）に北京で全員が処刑されました。この際、特に重要視された「平秀政」と「平正成」と呼ばれる人物に関する明側の報告書「献俘疏」には、前者が島津義弘の親族で豊臣秀吉の養子とされ、後者も島津氏の一族と報告されたが後に寺沢正成ではないかと訂正されたこと、そして露梁海戦で島津義弘（石曼子）を討ち取った際に、その首を「平秀政」と「平正成」に確認させたところ号泣した、といった内容が記されています。しかし、日本側の資料に「平秀政」に該当する人物は存在せず、寺沢正成や島津義弘も無事帰国しています。これは、突然の日本軍撤退により有力武将を捕らえられなかった明軍が、皇帝への報告のために事実を捏造し、成果を誇張したものであると考えられています。また、皇帝への面会の際に、敵の首魁とも言える大将級の捕虜を演出として必要とした事情もあったと見られます。これらとは別に、対馬の要時羅（ようじら）は和平交渉のため李氏朝鮮と小西行長の間を往復していましたが、海戦直前に明将との会見中に捕縛され明へ送られました。後に「平秀政」と「平正成」は凌遅処死（りょうちしょし）、要時羅を含む残り59名は斬刑とされました。

関連作品

映画：
『ノリャン -死の海-』（2023年、韓国映画） - 露梁海戦を題材としています。

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文献情報
『明史/卷247』
『日本戦史・朝鮮役補伝』 - 国立国会図書館デジタルコレクション

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