洗礼者聖ヨハネの首を持つサロメ (クラナッハ)

ルーカス・クラナッハ（父）によって1530年代に描かれた『洗礼者聖ヨハネの首を持つサロメ』は、ルネサンス期の絵画作品であり、ブダペスト国立西洋美術館に所蔵されています。この作品は、聖書に登場する洗礼者ヨハネの首をサロメが持つという、ヨーロッパ絵画で繰り返し描かれてきた主題を扱っています。

物語の背景

この絵画の背景にあるのは、『新約聖書』の「マタイによる福音書」、「マルコによる福音書」、「ルカによる福音書」に記された物語です。洗礼者ヨハネは、ヘロデ王が弟の妻ヘロディアと結婚したことを批判したため、投獄されてしまいます。ヘロデ王自身はヨハネを聖人と考えていましたが、ヘロディアはヨハネを憎んでいました。

ヘロデ王の誕生日の宴で、ヘロディアの娘（後のサロメと同一視される）が踊りを披露し、その美しさにヘロデ王は大いに喜びました。王は彼女に褒美として何でも与えると言ったところ、ヘロディアは娘に、洗礼者ヨハネの首を所望するようにそそのかします。ヘロデ王は約束を撤回することができず、ヨハネは首をはねられてしまいます。

作品の特徴

この作品は、クラナッハがほぼ同時期に制作した『ホロフェルネスの首を持つユディト』と、サイズや構図において類似性が見られます。特に、切断された頭部の描写は非常に似通っています。しかし、ユディトが知恵によって敵を打ち負かす美徳の象徴として描かれるのに対し、サロメは官能的な魅力と、その裏にある残酷さを示唆する存在として描かれています。

絵画の中で、若く美しいサロメは鑑賞者に微笑みかけますが、その手には髭の濃いヨハネの首が乗った皿が握られています。この対比が、作品全体の不気味さを際立たせます。クラナッハは、サロメの官能的な魅力を強調することで、見る者を誘惑するとともに、彼女の行為に対する警告を発しているのです。この点において、本作はクラナッハの他の多くの作品と同様に、支配者の過ちを戒め、男たちに対して「女の策略」を警戒させるというメッセージを伝えていると言えるでしょう。

芸術的解釈

クラナッハの描くサロメは、単なる聖書の登場人物にとどまらず、人間の欲望や権力、そしてその背後にある危険性を象徴する存在として捉えられます。彼女の官能的な美しさは、見る者の目を奪いますが、その背後には罪深い行為が隠されているのです。この作品を通して、クラナッハは、人間の内面に潜む光と闇の両面を描き出そうとしたのではないでしょうか。

この作品は、ブダペスト国立西洋美術館に所蔵されており、同美術館には同じ主題を描いた別のクラナッハの作品も所蔵されています。ルーカス・クラナッハによる「洗礼者聖ヨハネの首を持つサロメ」は、単なる歴史的な絵画作品ではなく、人間の心理や道徳に対する深い洞察を促す、非常に重要な作品と言えるでしょう。

参考文献

『クラーナハ展500年後の誘惑』、国立西洋美術館、ウィーン美術史美術館、TBS、朝日新聞社、2016年刊行　ISBN 978-4-906908-18-9
大島力『名画で読み解く「聖書」』、世界文化社、2013年刊行　ISBN 978-4-418-13223-2

もう一度検索