浅草紅団

『浅草紅団』は、川端康成が昭和初期の浅草を舞台に描いた長編小説です。全61節から成り、当時の浅草の人間模様を、見聞記風かつ叙景詩的に描いています。

作品概要

物語は、姉を捨てた男への復讐を誓う不良少女グループ「浅草紅団」の首領である、中性的な美少女・弓子を中心に展開します。語り手である「私」は、弓子に案内されながら浅草の裏社会を体験し、その様子をルポルタージュ風に綴ります。

関東大震災後の都市の風景、浮浪者、娼婦、見世物小屋など、美と醜が混在する風俗が、世界恐慌という時代の不穏な空気感と共に描かれています。

発表経過

1929年から1930年にかけて『東京朝日新聞』夕刊に連載された後、雑誌『新潮』と『改造』に分割掲載されました。1930年には単行本として刊行され、その後文庫版も出版されています。

海外では、ドイツ語、英語、ポルトガル語に翻訳され、国際的にも評価されています。

物語構成

この作品は、明確な物語性を持たず、「私」が見聞きした様々な断章から構成されています。浅草のアンダーグラウンドを「温かい寝床のある諸君」に紹介する体裁で、弓子と春子という二人の中心人物を巡るエピソードが描かれます。

しかし、物語は途中で未完の様相を呈して終わります。続編として『浅草祭』が執筆されましたが、こちらも未完に終わっています。

特徴的な要素

作中には、谷崎潤一郎の『鮫人』、添田唖蝉坊の『浅草底流記』、歌謡曲の歌詞など、様々なものからの引用が見られます。また、テキ屋の隠語も取り入れられています。

新聞連載中に映画化されたことも、作中で言及されています。

川端康成は、この作品に特定のモデルはおらず、架空の物語であると述べています。

川端康成と浅草

川端康成にとって、浅草は、伊豆や鎌倉と並ぶ重要な場所でした。東京に出てから浅草に通い、その独特の雰囲気に魅了されたことが、本作の執筆につながりました。

『浅草紅団』の執筆にあたっては、浅草に頻繁に通い、カジノ・フォーリーの踊り子たちと親交を深めたことも、作品に影響を与えています。

あらすじ

物語は、「私」が浅草で空き家を探すところから始まります。そこで出会った、赤い洋服を着た美しい少女・弓子に案内され、浅草の裏社会を目の当たりにします。

弓子は、姉を捨てた男への復讐のため、様々な姿に変装しながら浅草を彷徨います。そして、姉を狂わせた男・赤木を見つけ出し、復讐を果たそうとします。

しかし、物語は途中で展開を失い、その後、弓子が油売り娘に変装して「私」と再会する場面で終わります。

登場人物

私: 作家で、浅草に住む。紅団のメンバーをモデルにした小説を書いている。
弓子: 16、7歳の紅団のリーダー。中性的な美貌を持つ。復讐のため、男装や様々な変装をする。
明公: 弓子が男装した時の姿。
チビ: 12、3歳の紅団員。弓子の妹分。
船の時公: 紅団員。父親が船頭で、船で生活している。
お洒落狂女（お千代）: 弓子の姉。男に捨てられて気が狂った。
赤木: 千代を捨てた男。浅草で幅を利かせている無頼漢。
銀猫梅公: 元不良少年。紅団に拾われて更生する。
歌三郎: 子役。弓子と仲が良い。
春子: 娼婦。弓子とは対照的な存在。
寺坂: 春子を最初に買った男。
親切なおばさん: 売春仲介人。春子を騙した。
駒田: 紅団員。春子の恋人。
船チビ: 紅団員。
左利きの彦: 白矢一家再興のため新宿から来た男。
竜泉寺の少女: 14歳の娼婦。
洗髪のお糸: 「エロエロ舞踏団」のリーダー。
お夏: 紅団員。いつも厚化粧をしている。

作品評価・研究

『浅草紅団』は、小説としては未完の感がありますが、当時の浅草の雰囲気を伝える資料としても価値があります。また、都市文学としても評価され、多くの研究が行われています。

観光案内書としての側面

本作は、浅草観光の上級コースの案内としても読むことができ、独特な雰囲気を今に伝えています。

「はぐらかし」の構造

物語の時間が前後したり、別の次元の話が入ったりと、錯綜した構造が特徴です。この構造は、「地図」のように、各々の人間や事物が持つ時間的な厚みを表現しています。

弓子の両性具有性

弓子は、男装することで両性具有的な存在として描かれています。これは、単なる性別の錯綜ではなく、文化的な概念を表していると解釈されています。

弓子の復讐劇

弓子の復讐劇は、姉への羨望と、浅草の女の不幸な恋への抵抗として描かれています。

時代との関連

『浅草紅団』は、関東大震災後の混乱と、昭和恐慌に向かう社会不安を背景に描かれています。また、主人公の弓子のキャラクター造形は、当時の社会への反抗を反映していると見ることができます。

映画化

本作は、過去に複数回映画化されています。

おもな舞台化

舞台化もされており、様々な演出で観客を魅了しました。

おもな刊行本

単行本の他、文庫版や全集にも収録されています。

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