浜ちりめん

浜ちりめん（はまちりめん）

滋賀県長浜市を主たる生産地とする「浜ちりめん」は、日本を代表する高級絹織物の一つです。京都の丹後ちりめんと並び、日本のちりめん織物の主要な生産地として知られ、古くから続く滋賀県の重要な地場産業となっています。その歴史は古く、独特の風合いを持つこの織物は、今日まで多くの人々に愛されています。

歴史

古代からの絹織物

近江の国と絹織物の関わりは、遠く古代に遡ります。奈良時代初期にあたる和銅五年（712年）の『古事記』や『風土記』といった古文書には、近江国で綾絹が織られた記録が見られます。また、平安時代後期の仁和三年（887年）の記録には、近江から朝廷へ絹が献上されたことが記されています。さらに、この時代には蚕糸生産において、近江が上質な糸を生産する国として筆頭に挙げられていました。これらの記録から、近江の地では太古より高い水準の絹織物生産が行われ、優れた品質の蚕糸が生み出されていたことがうかがえます。

ちりめん技術の伝来と浜ちりめんの誕生

「ちりめん」という織物技術そのものは、室町時代後期にあたる天正年間（1573年～1591年）に、中国大陸（明）から渡来した職人によって泉州堺に伝えられたとされています。その後、豊臣秀吉による国内統一が進む中で、ちりめん生産の中心地は堺から京都の西陣へと移りました。江戸時代中期にあたる享保年間（1716年～1735年）には、このちりめん技術が丹後地方、特に加悦谷や峰山にも伝播しました。

一方、「浜ちりめん」の起源は、江戸時代の中期にあります。近江国浅井郡大郷村（現在の滋賀県長浜市の一部）の農民であった中村林助と乾庄九郎の二人が、丹後地方からちりめん織りの技術を学び持ち帰ったことに始まると伝えられています。当時、大郷村周辺は姉川や高時川の度重なる氾濫による水害に悩まされ、農作物が不作で年貢米すら納められないほど困窮していました。村人たちは水害に強い桑を植え、養蚕に力を入れていましたが、生糸の価格が低迷し、生活は一層苦しくなっていました。

この窮状を憂えた林助と庄九郎は、村を救うため何か新しい産業を興すことを考えました。その頃、村の近くの上八木村へ蚕紙を買いに来ていた丹後宮津の商人、庄右衛門から、「丹後ではちりめん織りを始めてから農民の暮らし向きが良くなった」という話を聞きつけました。二人はすぐに丹後へ赴き、熱心にちりめん織りの技術を学びました。また、庄右衛門を大郷村に招き、村人たちにもその技術を伝えたのです。

そして宝暦二年十二月（1753年1月）、林助と庄九郎は領主であった彦根藩に届け出を行い、農閑期を利用してちりめんを織り、販売することを始めました。これが「浜ちりめん」の本格的な始まりとされています。当初は、大郷村の南浜、中浜、八木浜といった地域で手作業によって織られ、長浜に集められてから京都や大阪方面へと出荷されました。長浜で取引されるちりめんであることから、「浜ちりめん」あるいは「長浜ちりめん」と呼ばれるようになったのです。中村林助と乾庄九郎は、この浜ちりめんの創始者として、現在もその功績が称えられています。

販路拡大と彦根藩の保護

ちりめん織りの生産はすぐに大郷村周辺から長浜全体へと広がり、琵琶湖の水運を利用して京都でも販売されるようになりました。ところが、京都の既存の呉服業者たちは、浜ちりめんの流入が自分たちの商売を妨害するものだと考え、京都町奉行に訴えを起こしました。林助と庄九郎は、自分たちの販売活動が個人的な利益のためではなく、村の貧困を救うためのものであると弁明しましたが、受け入れられず、京都での販売を禁じられた上に、捕らえられ投獄されてしまいました。しかし、村人たちの強い嘆願や、領主である彦根藩からの働きかけもあり、およそ四年後に二人はようやく解放されました。さらに、彼らの努力が認められ、「浜ちりめん」の京都での販売も許可されることになったのです。この時、林助と庄九郎は非常に喜び、京都の西陣織に勝ったという意味を込めて、自分たちのちりめんを「西勝ちりめん」と呼んだと伝えられています。

彦根藩は、林助と庄九郎の村を救った功績を称え、二人を浜ちりめんの「織元」に任命しました。そして、製品の検査を行い、合格品に検印を押す権利と、その検印料を徴収する特権を与えました。これにより、織元の検印がない粗悪品は市場に出回らなくなり、浜ちりめんの品質に対する信頼性が大きく向上しました。彦根藩は浜ちりめんを年貢として納めさせる対象とし、藩の手厚い保護のもとで、この織物は彦根藩にとって重要な特産品として発展していきました。生産された浜ちりめんは、特に湖東地域を中心とする近江商人たちによって全国各地へと広く販路を広げていきました。

明治以降の復興と発展

明治時代に入り、彦根藩による保護や統制がなくなると、一時的に粗悪品が多く出回るようになり、浜ちりめんは全国的な信用を大きく損ないました。しかし、明治十九年（1886年）三月には、農商務省令に基づいて「近江縮緬絹縮業組合」が設立されました。この組合による品質の統制や、滋賀県の支援を受けた指導研究、そして織機などの機械化推進によって、浜ちりめんは再びその信用を取り戻し、近代産業として発展を遂げました。大正四年（1915年）には、滋賀県がサンフランシスコで開催された万国博覧会に浜ちりめんを出展し、海外への輸出も試みられましたが、残念ながら輸出が盛んになるまでには至りませんでした。しかし、国内の需要に応える形で、浜ちりめんはその後も滋賀県の重要な地場産業の一つとして発展を続けました。

特徴

「浜ちりめん」の最大の特徴は、その独特な生地の表面に現れる「シボ」と呼ばれるさざ波状の細かな凹凸です。これは、強く撚り合わせた緯糸（よこいと）を用いることで生み出されます。一般的に、浜ちりめんはこのシボが高い、重厚感のある無地の織物が主体とされています。対照的に、同じくちりめんの主要産地である丹後ちりめんでは、平織りの生地に紋様を織り出した綸子などの紋織物が中心となる傾向があります。浜ちりめんには、シボが特に高い最高級品とされる「一越（ひとこし）ちりめん」や「古代ちりめん」があります。また、縦糸や横糸の撚りの工程に変化を加えることで生まれる「変わり織ちりめん」、さらには絹の紡績糸を用いて織られる「浜つむぎ」といった種類も生産されています。これらの多様な織物が、浜ちりめんの特徴である豊かな風合いと品質を支えています。

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