海辺の叙景

海辺の叙景

つげ義春による漫画作品『海辺の叙景』は、1967年に『ガロ』で発表された短編作品です。この作品は、若い男女の淡い出会いを、つげ独特の叙情的な世界観で描いています。

作品概要

物語は、東京のアパートに住む青年が、母親に誘われて房総の海を訪れるところから始まります。そこで彼は、ショートカットの美しい少女と出会い、短い交流を持ちます。漁師町の思い出や、岬で土左衛門が上がった話などを語り合う二人の間には、言葉少なげながらも、かすかな感情が芽生えていきます。

翌日、雨の中、青年は少女との約束を果たすため、海辺のボート小屋で待ち続けます。諦めかけたその時、少女が駆けつけ、二人はおばの作った蜜豆を分け合います。少女は自作のデザインのビキニを着ており、雨の中、二人は誰もいない海で泳ぎます。

少女から「あなたいい人ね」と褒められた青年は、雨の中を一人泳ぎます。先に浜辺に上がった少女は、傘を差しながら声援を送ります。このラストシーンは、見開きで描かれ、読者の心に強く残ります。

作品の魅力

『海辺の叙景』は、つげ義春の作品の中でも、特にまとまりが良く、印象的な作品として評価されています。つげらしい屈折した男女関係が、千葉県大原の海岸を舞台に淡々と描かれ、独自の叙情性と仄暗さを内包しています。

この作品では、つげは初めて大人の男女の関係を描き、それまでの漫画にはなかった新しい表現を試みています。また、映画的な手法も取り入れられており、カメラアングルの急激な切り替えなどが、場面転換に効果的に作用しています。

作品の背景

つげ義春は、当時、女性との付き合いがなく、この作品のストーリーは完全な創作であると述べています。しかし、過去の恋愛経験から、恋愛に関しては屈折した思いを抱いており、それが作品に反映されていると考えられます。

また、昭和40年頃に母親と千葉へ行き、親戚の家に宿泊した際の印象や、友人との房総旅行などが、作品の着想の源になっていると言われています。この作品は、つげが旅を通して得た強い印象を、その後の「旅もの」に結実させていく萌芽を予感させる作品の一つです。

作品の舞台

作品の舞台は、千葉県の大原です。作中には具体的な地名は出てきませんが、当時の『ガロ』の編集者であった権藤晋が、つげから作品を受け取った際、外房のどこかではないかと感じ、つげに確認したところ、大原であることが判明しました。

権藤は、大学生の頃に大原を訪れ、大原漁港の風情や八幡岬から見る海の美しさに魅了されていました。作中に登場する八幡岬は、実際には20～30mの高さがあり、釣りなどできる状況ではありませんが、印象的なシルエットで描かれ、表現上大きな効果を上げています。

大原海水浴場は、1970年頃の漁港の拡張工事により、場所を移転していますが、八幡岬は現在も当時の姿のまま残されています。

評価

権藤晋は、つげ義春との対談集で、みやわき心太郎のセンチメンタルな作品に描かれる男女の関係よりも、つげの作品の方が本物であると述べ、リリシズムと戦慄感を持っていると評価しています。

山下裕二は、映画的手法が際立っている点を指摘し、カメラアングルの急激な切り替え効果により場面の転換に効果的に作用していると評価しています。

『海辺の叙景』は、つげ義春の作品の中でも、特に多くのファンに愛され続けている作品であり、その独特の世界観と表現方法は、後の漫画家たちにも大きな影響を与えました。

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