海防・塞防論争

海防・塞防論争：1870年代清の国防を巡る激論

1870年代の清朝において、国家の国防戦略を巡り、激しい論争が繰り広げられました。それが「海防論」と「塞防論」の対立です。この論争は、清朝が直面していた国内外の危機、そして伝統的な国防観と新たな脅威への認識の違いを浮き彫りにしました。

論争の背景

1874年、日本が台湾に出兵したことが、この論争の発端となりました。清朝は、この事件で海軍力の重要性を痛感します。当時、清の海軍は列強に大きく劣っており、外交交渉でも不利な立場に立たされました。この事態を受け、沿岸部に艦隊を新設する案が持ち上がります。この提案を支持したのが、李鴻章でした。彼は、海軍創設のために莫大な費用が必要となるため、ロシアとの国境地帯である新疆を放棄するという大胆な提案を行いました。一方、回民蜂起やヤクブ・ベクの乱の鎮圧で功績を挙げた左宗棠は、内陸部の防備を重視するべきと反論します。彼は、中華王朝の伝統的な戦略に基づき、辺境防備の充実を主張しました。こうして、清朝の国防戦略は、沿岸部を重視する「海防論」と内陸部を重視する「塞防論」の二つに分裂し、激しい論争が繰り広げられることとなったのです。

海防論とは

海防論は、その名の通り、国防の重点を沿岸部に置くべきという考え方です。欧米列強が海から進出を強めている状況を鑑み、海軍力を強化し、沿岸部からの侵略を防ぐことを重視しました。李鴻章は、この海防論を強く支持し、海軍創設の必要性を訴えました。彼の主張は、清朝が抱える海軍力の脆弱性を補強し、外交交渉において優位に立つことを目指したものでした。しかし、そのためには巨額の費用が必要となり、内陸部の防備を犠牲にする可能性も指摘されました。

塞防論とは

一方、塞防論は、国防の重点を内陸部の辺境に置くべきという考え方です。左宗棠は、ヨーロッパ列強の進出は領土獲得を目的としたものではないと見ていました。彼の主張は、清朝の伝統的な国防観に基づき、陸からの侵略に対する備えを優先するべきというものでした。彼は、新疆の重要性を強調し、清朝の領土保全のために、この地を死守するべきと主張しました。塞防論は、海防論とは対立するものであり、清朝の国防戦略を二分する要因となりました。

論争の結末

この海防論と塞防論の激しい論争は、最終的にどちらか一方の政策に決定することは避けられました。朝廷は、両面の国防を充実させるという折衷案を採用しました。この結果、海防派の李鴻章を中心に、北洋艦隊などの海軍が新設される一方、塞防派の左宗棠によって、新疆のほぼ全域の支配が回復されることとなりました。これにより、清朝は沿岸部と内陸部、両方の防衛体制を強化することができました。この論争は、近代中国における国防のあり方を模索する上で、重要な転換点となりました。

参考文献

* 細見和弘「防衛の重点は沿海か、それとも内陸か〈近代中国の社会と論争2〉」『月刊しにか』第8巻第5号、大修館書店、1997年4月。

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