左宗棠

左宗棠：清朝末期を支えた不世出の英雄

左宗棠（さ そうとう、ツォ・ゾンタン、1812年11月10日 - 1885年9月5日）は、清朝末期の激動の時代に、その卓越した軍事的手腕と政治力で名を馳せた人物です。太平天国の乱の鎮圧、洋務運動の推進、そして新疆の奪回といった、清朝の命運を左右する数々の難局において、その才能を遺憾なく発揮しました。中国では「清代最後の大黒柱」と称えられ、その功績は今もなお高く評価されています。

生涯

若き日の苦悩と才能の開花

左宗棠は、湖南省湘陰県の士大夫の家系に生まれました。曾祖父、祖父、父と代々教師を務める家庭環境で育ち、幼い頃から学問に励みました。道光12年（1832年）に科挙で挙人の資格を得ましたが、進士には三度も落第。官僚の道を諦め、故郷で家塾の教師として歴史や地理の研究に没頭する日々を送りました。しかし、その才能は友人の胡林翼によって見出され、度々要人に推薦されます。道光29年（1849年）には、林則徐と会談する機会もありましたが、自らを「清末の諸葛亮」と称するなど、その奇矯な言動から周囲には変人扱いされることもありました。

太平天国の乱と軍事的才能の発揮

道光30年（1850年）に太平天国の乱が勃発すると、左宗棠は胡林翼の推挙で湖南巡撫の幕府に入り、その軍事的才能を遺憾なく発揮します。楚勇を組織し、太平天国軍の攻撃から長沙を守り抜きました。その後も各地を転戦し、数々の軍功を立て、曽国藩の推薦によって咸豊11年（1861年）には浙江巡撫に昇進。浙江へ移ってからも太平天国軍との戦闘を続け、イギリスやフランスとの協力も得ながら、金華や紹興などの重要拠点を奪回しました。同治2年（1863年）には閩浙総督に昇進し、その勢いは増すばかりでした。同治3年（1864年）には杭州を奪回し、浙江を平定。徐宗幹や瑞麟と協力して東南部の太平天国の残党掃討にあたり、李世賢や汪海洋らの残党勢力を、湘軍を派遣し鎮圧しました。

洋務運動の推進

太平天国鎮圧後、左宗棠は曽国藩や李鴻章らと共に、軍備強化のための洋務運動を推進します。福州船政局などの創設に尽力し、清朝の近代化に貢献しました。

北西部の平定

捻軍と回民蜂起の鎮圧

同治5年（1866年）には陝甘総督に転任し、イスラム教徒であるドンガン人（回族）の蜂起（回民蜂起）鎮圧を任されます。しかし、この最中に捻軍が勢力を拡大したため、捻軍討伐を優先せざるを得なくなりました。この頃、捻軍は李鴻章の活躍により東西に分裂し、勢いを失っていたため、左宗棠は魏光燾、饒応祺、袁保恒、陳湜、宋慶、趙秉鈞らを率い、李鴻章と共に捻軍討伐を開始。張宗禹率いる西捻軍の平定に専念しました。同治6年（1867年）には東捻軍が李鴻章の淮軍によって壊滅、西捻軍も翌7年（1868年）に平定されました。

捻軍を平定した左宗棠は、同年の10月には回民蜂起鎮圧のため、陝西省・甘粛省へ進軍し、西安に入ります。まず、董志塬に駐屯する白彦虎の回民軍を撃破し陝西を平定しました。しかし、馬化龍ら残存勢力は甘粛東部の金積堡に籠城して抵抗を続けたため、同治8年（1869年）から包囲を開始します。この包囲戦は長期化し、北京政府から召還の声が上がるほどでした。同治10年（1871年）1月には部将の劉松山が夜襲を仕掛けますが、失敗し戦死するという痛手まで被りました。しかし、劉松山の甥である劉錦棠が雪辱を果たすため金積堡を急襲し、遂に陥落させ馬化龍を処刑。その後は順調に任務をこなし、逃亡した回民を呼び戻し、定住・土地開墾・食糧援助を行うことで、回民の抵抗も徐々に下火になっていきました。

甘粛平定と河西回廊の掌握

同治10年（1871年）11月、臨夏を占領していた回民の首領の一人、馬占鰲が降伏したことで、甘粛中部も左宗棠の手に落ちました。同治12年（1873年）7月には蘭州へ進駐。劉錦棠も甘粛東部の回民討伐に出向き、西寧の馬桂源を討ち、東部も制圧します。残るは粛州（現在の酒泉市）に籠もる馬文禄でした。馬文禄は一旦は帰順していましたが、陝西から逃亡した白彦虎に呼応して反旗を翻し、左宗棠が派遣していた徐占彪と楊世俊による包囲に耐えていました。そこで、左宗棠が自ら包囲の指揮を執り、同年9月には粛州を落として馬文禄を処刑。これにより、陝西・甘粛などの河西回廊を含む中国北西部は完全に平定されました。

新疆奪回へ

海防・塞防論争と新疆遠征

北西部の情勢が安定した頃、左宗棠には更なる難題が持ち上がります。それは、清の領土であった新疆の奪回でした。新疆ではイスラム教徒の反乱が頻発し、隣接するコーカンド・ハン国の軍人ヤクブ・ベクが混乱に乗じて新疆を占領。さらに、ロシアも南下政策の一環として新疆北部のイリ地方を占領するという危機的な状況に陥っていました。

左宗棠は直ちに新疆遠征の準備に取り掛かりますが、ここでかつての協力者であった李鴻章と意見が対立します。同治13年（1874年）には、海防・塞防論争が勃発。左宗棠はロシアに対する陸上の備えを重視する塞防派の代表格であり、イギリスに対する海軍を重視する海防派の代表格であった李鴻章とは、政治的な対立関係にありました。新疆問題に関しても、左宗棠は弱体化した支配を立て直そうとする一方、李鴻章は海軍に集中するために、防衛の困難な新疆をロシアに割譲しようと考えていました。論争は翌光緒元年（1875年）まで続きましたが、軍機大臣の文祥が左宗棠の意見を支持したため、海防・塞防どちらも行う方針が決定します。欽差大臣に任命された左宗棠は、[[ヤクブ・ベクの乱]]によって清の支配力が弱体化した新疆の軍務を担当。金順、劉錦棠、史念祖、譚鍾麟らを従え、新疆東部で数少ない拠点であったハミで屯田持久策を採り、出兵の準備を整えました。

新疆の奪回とイリ問題

光緒2年（1876年）5月、左宗棠の先鋒部隊はハミから北のバリクルへ進駐。ウルムチ近郊でヤクブ・ベク軍と衝突し、金順と劉錦棠がこれを退け、ウルムチを奪回。その他の拠点も次々と奪還し、新疆北部を制圧しました。翌光緒3年（1877年）3月には、劉錦棠がウルムチと新疆南部を結ぶ達坂城を落城させ、部将の張曜も南部を西進して劉錦棠と合流。5月にはトルファンが降伏し、ヤクブ・ベクが急死したことで大勢は決しました。劉錦棠は11月までに新疆を西進し、反乱地域を平定。西端のカシュガルを落とし、新疆を奪回しました。同年、左宗棠は守備強化を目的に省設置を中央へ奏上し、後の新疆省設置に繋がります。

一方、イリ地方の返還交渉は難航しました。光緒4年（1878年）に崇厚がロシアへ派遣されましたが、翌5年（1879年）に締結されたリヴァディア条約が不平等条約だったため、左宗棠は崇厚を激しく非難しました。清朝は改めて曽紀沢を派遣し交渉に当たらせた結果、光緒7年（1881年）にイリ条約を締結、イリ地方の返還が実現し、北方領土問題は解決しました。これに先立ち、左宗棠は軍を動かしてロシアを威嚇しましたが、和平に傾く政府の意向により、光緒6年（1880年）7月に中央へ呼び戻されました。その後は劉錦棠が司令官となり、光緒10年（1884年）に新疆省が設置されると初代巡撫に就任、金順もイリ将軍として新疆省の治安維持に尽力しました。

晩年と死

中央召還後、左宗棠は清朝の重臣として軍機大臣、両江総督兼南洋大臣、東閣大学士などの要職を歴任しました。清仏戦争では、光緒10年8月から翌11年（1885年）4月まで欽差大臣として福建省沿岸の防衛を任されました。同年9月、72歳で福州で病死。著書に『左文襄公全集』があります。

左宗棠は、太平天国の乱の鎮圧、洋務運動の推進、北西部と新疆の平定など、清朝末期の激動期において、その卓越した軍事的才能と政治手腕を発揮し、国家の危機を救いました。その功績は、現在でも高く評価されています。

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