回民蜂起

陝甘回変：清代における大規模な回民蜂起

回民蜂起は、清代に複数回発生しましたが、特に大規模だったのが、雲南省で発生したパンゼーの乱と、陝西省・甘粛省を中心に発生した「陝甘回変」です。ここでは、後者の「陝甘回変」について詳しく解説します。

背景

中国のムスリム（回民）は、古くから西アジアとの繋がりを保ち、18世紀にはメッカやイエメンからナクシュバンディー教団の指導者が訪れ、2つの系統のスーフィズムが伝わりました。一つは馬来遅が組織したフフィーヤ教団（虎夫耶）、もう一つは馬明心が組織したジャフリーヤ教団（哲合忍耶）です。フフィーヤは清朝の支配を容認したため「老教」、より過激なジャフリーヤは「新教」と呼ばれ、互いに対立しました。

清朝の官僚の腐敗とイスラム教への弾圧に対し、ジャフリーヤの回族とサラール族は1781年と1783年に蜂起しましたが、鎮圧されました。このことが、後の陝甘回変の遠因となりました。

反乱の経緯

陝西省

1862年、太平天国と捻軍が陝西省に侵入すると、漢人は自衛のために団練を組織しました。これに対し、回民も自衛のために武装し、漢人との対立が深まりました。この対立がきっかけとなり、回民は太平天国に呼応して蜂起しました。初期の指導者には、任武、赫明堂、馬生彦、馬振和、白彦虎らがいました。同時に、寧夏でも馬兆元と馬化龍の指導のもとで回民が蜂起しました。

陝西省の回民軍は、清朝が太平天国への対応に追われている隙に、渭水流域を中心に勢力を拡大し、一時的に西安を包囲しました。しかし、1863年秋に欽差大臣ドロンガ（多隆阿）率いる清軍に敗北しました。太平天国が鎮圧された後、左宗棠率いる湘軍が陝西省に投入されました。左宗棠は、先に捻軍を討伐してから回民軍を倒す方針をとり、1866年に回民軍は甘粛省への撤退を余儀なくされました。

左宗棠は、農業を振興し、他地域からの財政援助も活用して補給を確保しました。1869年、劉松山を派遣して、ジャフリーヤの指導者である馬化龍の拠点を包囲しました。16ヶ月に及ぶ包囲の末、馬化龍は降伏し処刑され、多くのイスラム教徒が中国を逃れました。

河州

左宗棠は、次の標的を蘭州西方の河州（現在の臨夏市）に定めました。河州は、回民が多く居住しており、甘粛省とチベットを結ぶ重要な通路でした。河州は、フフィーヤの馬占鰲によって守られていました。馬占鰲は現実的な人物で、左宗棠の誘いに応じて投降し、拠点を譲り渡しました。その結果、河州の回民は左宗棠の分散移住政策（洗回）を免れ、共同体を維持することができました。

甘粛省

河州の回民軍を加えた左宗棠は、河西回廊を制圧するために西に進みました。西寧には回民の大きな共同体があり、陝西省からの難民を保護していました。3ヶ月の激戦の末、西寧は陥落し、回民軍の指導者馬桂源が捕えられ、数千人が殺害されました。

清軍は降伏を呼びかけましたが、多くの回民は最後の拠点である粛州（現在の酒泉市）に籠城しました。左宗棠は1873年に粛州を包囲し、10月に粛州は陥落しました。指導者の馬文禄をはじめ7千人が処刑され、生き残った者は甘粛省南部に移住させられました。清朝は、蘭州から敦煌に至る河西回廊を回民のいない地域とすることで、東トルキスタンとの連携を遮断しようとしました。

その後

白彦虎率いる回民軍は、東トルキスタンのヤクブ・ベクのもとに逃れ、最終的にはロシアにまで逃れました。白彦虎に従った回民の子孫が、現在ドンガン人として知られています。

被害

この蜂起によって、漢人と回民の両方に多くの犠牲者が出ました。蜂起前の1861年と比較すると、甘粛省では人口が1945.9万人から495.5万人へ、陝西省では1394万人から772万人へと激減しました。これは、甘粛省で74.5%（1455.5万人）、陝西省で44.6%（622万人）が死亡または逃亡したことを示しています。甘粛省では、特に漢人の犠牲が大きかったとされます。また、陝西省では70～80万人いた回民が、10年後には約9万人にまで減少しました。

関連項目

ネルチンスク条約
キャフタ条約
グルジャ条約
アイグン条約
北京条約
タルバガタイ条約
イリ条約
白蓮教
白蓮教徒の乱
湘軍
癸酉の変
哥老会
義和団の乱
ムスリム
大小ホージャの乱
ヤクブ・ベクの乱
パンゼーの乱
ホー戦争
アチェ戦争
モロの反乱
バスマチ蜂起
黒鷲の蜂起
東トルキスタン共和国
回族の中国武術
ミャオ族
ミャオ族の反乱 (明朝)
ミャオ族の反乱 (1735年–1736年)
ミャオ族の反乱 (1795年–1806年)
咸同起義
太平天国の乱
捻軍起義
淮軍
大成国
広東洪兵起義
土客械闘

脚注

外部リンク

片岡一忠「咸豊・同治期貴州省西南部における回族の反乱について」『歴史研究』第21号、大阪教育大学歴史学研究室、1983年、21-45頁、ISSN 03869245、NAID 120001060529。
Kim Hodong(キム・ホドン)著「Holy War in China: The Muslim Rebellion and State in Chinese Central Asia, 1864-1877(中国の聖戦―中国領中央アジアにおけるムスリム反乱と国家)」Stanford University Press, 2004年,についての菅原純による書評。菅原純「批評と紹介 キム・ホドン著『中国の聖戦；中国領中央アジアにおけるムスリム反乱と国家（1864-1877）』」『東洋学報』第86巻第2号、東洋文庫、2004年9月、279-287頁、ISSN 03869067、NAID 120006516925。
黒岩高「械闘と謡言 : 十九世紀の陝西・滑河流域に見る漢・回関係と回民蜂起」『史学雑誌』第111巻第9号、史学会、2002年、1499-1521,1588、doi:10.24471/shigaku.111.9_1499、ISSN 0018-2478、NAID 110002365716。

もう一度検索