清水安三

清水安三：激動の時代を教育に捧げた生涯

日本の教育者であり牧師でもあった清水安三（1891-1988）は、その生涯を中国と日本における教育活動に捧げました。特に、戦前の北京で貧しい女子のための学校「崇貞学園」を、そして戦後には東京で「桜美林学園」を創立・発展させた功績は広く知られています。

安三は1891年、現在の滋賀県高島市に生まれました。裕福な家庭に育ちましたが、幼くして父を亡くします。進学した滋賀県立第二中学校（後の膳所中学校）で、英語教師を務めていた宣教師ウィリアム・メレル・ヴォーリズとの出会いが、彼の人生に大きな影響を与えました。ヴォーリズからキリスト教の感化を受け、1908年に洗礼を受けてクリスチャンとなります。同志社神学校に進んだ安三は、義和団事件で殉教した宣教師ホラース・ピットキンの話に深く感銘を受け、また当時の思想家トルストイにも強く惹かれました。卒業論文ではトルストイの内面生活を論じ、熱心な「トルストイアン」であった時期もあったとされます。

同志社卒業後、キリスト教関連の出版社に勤務しますが、ヴォーリズや、かつて中国へ渡った鑑真の生き方に触発され、中国での伝道を志すようになります。日本組合基督教会の推薦と、原田助、海老名弾正といった重鎮たちの支持を得て、1917年、安三は日本人宣教師の草分けとして中国・大連へ渡り、奉天（現在の瀋陽）の教会で伝道活動を開始しました。1918年には大連で横田美穂と結婚。翌年には北京へ移り、近代中国史における重要な出来事である五四運動を目の当たりにします。この見聞は、彼が日本の読者に向けて中国情報を発信する上での重要な糧となりました。

1920年、中国北部を襲った大飢饉に対し、日本国内で救援活動が起こると、安三もこれに参加。北京で設置された被災児童収容所の所長を務めます。この飢饉救援活動を通じて、安三は貧困層の厳しい現状を目の当たりにし、特に女子児童の教育機会の乏しさに心を痛めました。これが、1921年に妻美穂とともに北京のスラム街に「崇貞学校」（後の崇貞学園）を設立する直接の契機となります。学校では読み書きに加え、刺繍などの職業訓練を取り入れ、女性が自らの力で生計を立て、社会的に自立できることを目指しました。この教育理念は、後に桜美林学園のモットーとなる「学而事人」（学んで人に奉仕する）の基礎となりました。

安三は教育活動と並行して、ジャーナリストとしても活躍しました。魯迅や周作人を含む「周三人」の紹介など、中国の最新事情を日本に伝える記事を多数執筆しました。これらの活動は、学校の運営資金獲得にも繋がります。1923年には実業家の大原孫三郎と出会い、その経済的援助を得てアメリカへ留学する機会を得ました。オーバリン大学での学びは、後の桜美林学園設立とその名称「桜美林（Oberlin）」の由来となります。留学を終えて北京に戻った安三夫妻は、大原をはじめ、様々な日本の実業家からの支援を受けながら、崇貞学園の規模を拡大していきました。しかし、1933年には妻美穂が病に倒れ死去します。1935年、安三はオーバリン大学で知己を得ていた小泉郁子と再婚。以後、郁子と共に学園の発展に尽力し、中国人部に加えて日本人部も設置しました。

1945年の日本の敗戦は、安三の中国での活動に終止符を打つことになります。崇貞学園は中国政府に接収され、安三夫妻は1946年に日本へ帰国せざるを得ませんでした。中国に残された学園は公立学校として引き継がれ、現在も存続しています。帰国後、安三は新たな教育の場を求めて活動を開始。旧知の牧師・社会運動家である賀川豊彦の紹介もあり、東京・町田に学校用地を得て、1946年5月、桜美林学園（高等女学校、英文専攻科）の設立認可を受けました。以後、中学校、高校、短期大学、そして1966年には桜美林大学を開設し、学長や理事長を歴任しながら、学園を総合学園へと発展させました。桜美林学園は、「キリスト教精神に基づく国際人の育成」を建学の精神として掲げ、安三の教育理念を継承しています。

安三は、自らを「石ころ」と称することがありました。これは、中学時代に抱いた劣等感に由来しますが、ある牧師の「神は石ころすら新島襄となしうる」という言葉に励まされ、神への信頼と謙虚な自己認識を深めたことから来ています。彼の筆名「如石」にもこの思いが込められています。また、短歌にも親しみ、多くの歌を残しました。桜美林大学設立の際の歌や、桜美林高校野球部の甲子園初優勝を詠んだ歌は、今も人々に親しまれています。晩年には、オーバリン大学からの名誉博士号授与、郷里からの名誉町民称号、同志社大学からの名誉神学博士号授与など、数々の栄誉を受けました。

1988年1月17日、安三は96歳でその生涯を閉じました。彼の教育への情熱と国際理解を願う精神は、桜美林学園に受け継がれています。後妻の郁子、そして二男の畏三もまた、学園の発展に貢献し、その理念を守り育てています。安三の人生は、困難な時代にあっても教育の力を信じ、人々の自立と平和な国際社会の実現を目指した、「石ころ」ながらも輝かしい「開拓者」の生涯でした。

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