渋谷事件

渋谷事件：戦後日本の闇と暴力の抗争

1946年7月19日午後9時、東京渋谷区渋谷の渋谷警察署前で、凄惨な抗争事件が発生しました。この事件は、警視庁渋谷警察署、暴力団の落合一家と武田組、そして愚連隊の万年東一一派からなる連合隊と、武装した華僑グループとの間で勃発しました。

事件の発端は、複数の説が存在します。一つは、華僑グループが渋谷警察署を襲撃し、連合隊がこれを迎え撃ったとする説です。もう一つは、帰宅途中の華僑グループを連合隊が一方的に襲撃したとする説です。いずれにせよ、この事件は、戦後日本の混乱と闇社会の暗部を浮き彫りにするものです。

事件の背景：闇市と利権争い

事件の背景には、戦後日本の混乱と、闇市を巡る利権争いがありました。1945年11月3日、GHQは朝鮮人および華僑を「解放国民」として処遇すると発表。渋谷区宇田川町の闇市には華僑総本部が設立され、飲食店などを経営していました。

しかし、渋谷警察署は華僑総本部による禁制品や統制品物の販売、不法建築を摘発。これに対し、華僑総本部は激しい抵抗を示し、警察官への集団暴行が繰り返されるようになりました。さらに、華僑は道玄坂下から渋谷消防署にかけて中華街を形成しようとする動きも見られました。

一方、東京新橋の闇市「新生マーケット」でも、関東松田組と在日外国人の間で激しい対立がありました。松田組組長射殺事件や、華僑の武装集団による関東松田組事務所への襲撃事件など、暴力的な抗争が相次いでいました。これらの抗争は、渋谷事件へとつながる伏線となったのです。

事件直前の7月17日と18日には、渋谷警察署が宇田川町の闇市で一斉取締りを実施。警官と華僑との間で乱闘が発生し、多くの負傷者と検挙者が出ました。そして19日、渋谷駅前で巡回中の刑事が華僑の団体から暴行を受ける事件も発生しています。これらの出来事が、事件の引き金となった可能性が高いと言えます。

事件当日：警察とヤクザの連携

7月19日午前、渋谷警察署長土田精は、暴力団の落合一家総長高橋岩太郎に、華僑グループによる警察署襲撃の情報と協力を要請。高橋岩太郎は、武田組や万年東一一派も加えた連合隊を組織し、渋谷警察署前に待機しました。

午後9時頃、華僑グループが渋谷警察署前を通過した際、銃声が響き渡ります。警察官の芳賀弁蔵巡査部長が射殺され、その後、連合隊は華僑グループに発砲、激しい乱闘へと発展しました。事件の結果、華僑側7名が死亡、34名が重軽傷を負い、警察官1名が死亡、1名が重傷を負うという惨劇となりました。

事件後：裁判とその後

事件後、GHQ法務局は在日台湾人41名を軍事裁判にかけました。土田精ら警察関係者も裁判にかけられましたが、最終的には殺人犯を追及せず、責任者も不問とする判決が下されました。この判決は、在日台湾人の政治団体や台湾で大きな反発を呼びました。

渋谷事件は、戦後日本の混乱と、警察・暴力団・華僑グループの複雑な利権争いが絡み合った、極めて複雑な事件でした。この事件は、戦後日本の社会不安と、闇社会の闇を改めて示す象徴的な出来事と言えるでしょう。 闇市はその後「復興マーケット」と称して改善に向かい、1951年には露天商は公道から排除されました。土田精は警視庁最高功労章を受章するなど、事件への責任追及は行われませんでした。

参考文献

『「再軍備」の軌跡 昭和戦後史』、読売新聞社
『愚連隊伝説』、洋泉社
『不逞者』、宮崎学、幻冬舎
『一徹ヤクザ伝 高橋岩太郎』、山平重樹、幻冬舎
『台湾ナショナリズム 東アジア近代のアポリア』、丸川哲史、講談社
『闇市の帝王 王長徳と封印された「戦後」』、七尾和晃、草思社

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