源平闘諍録

源平闘諍録（げんぺいとうじょうろく）について

『源平闘諍録』は、一般的に『平家物語』の異本と位置づけられる軍記物語です。しかし、その内容は単なる異本とは言い難く、独自の視点や改変が随所に見られます。特に、坂東八平氏の武勲や妙見信仰に重点が置かれている点が大きな特徴です。

概要

現存する『源平闘諍録』は、巻一上下、巻五、巻八上下のみで、延慶本に近い形態を持ちながら、漢文表記（真字本）であるという珍しい特徴があります。

『平家物語』の他の諸本と比較すると、平将門や千葉氏など坂東八平氏の武勲物語、妙見信仰に関する大幅な改作が目立ちます。これらの改作から、特定の目的を持って後世に編纂されたものと推察されています。近年では、坂東八平氏、特に千葉氏宗家の系譜の正当性を主張し、一族の再結集を図るために、千葉氏関係者によって書かれたとする見解が有力です。現存しない部分については、改作の必要がないため、もともと存在しなかったとする説もあります。

物語の冒頭は『平家物語』と同様に「祇園精舎の鐘の声…」で始まりますが、その後の「其の先祖を尋ぬれば、…」以降に独自の増補が見られます。忠盛・清盛に至る国香流伊勢平氏の記述は粗略である一方、良文についての記述が多く、北条氏の家系にまで言及している点が特徴的です。この増補部分は物語の進行を阻害しているとも言えますが、滅びゆく平家よりも、坂東の武士団の活躍に力点が置かれている点が、この作品の特異性を際立たせています。

成立時期と背景

現存本の奥書には建武4年（1337年）2月8日の書写とあり、南北朝時代初期には成立していたと考えられます。建治元年（1275年）に頼胤が亡くなり、宗胤が九州に下ったことで千葉氏の宗家を巡る争いが起こりました。建武3年（1336年）には、南朝方についた当主の貞胤が北朝に降伏するも、その直後に従兄弟の千田胤貞が急死したため、下総国守護の地位を安堵され、宗家を辛うじて守りました。この宗家分裂の危機の時代に、『源平闘諍録』が編纂されたと考えられています。

また、宝治合戦による常秀流の滅亡をきっかけに、千葉氏の弓箭神が八幡神から妙見菩薩に代わり、妙見信仰と千葉氏にまつわる説話が創作されたとする見解もあります。特に巻五については、この時代に述べ作されたとも推定されています。宗家を継いだ成胤をしのぐ弟常秀の台頭による一族分裂の危機があり、宝治合戦でその子秀胤が討たれた後、成胤の子孫である千葉介家を中心に一族の再結集を図るため、幼い当主頼胤を擁した千葉氏によって創作された説話であるとも考えられています。この説では、頼胤の叔父であり舅である千田泰胤の関与も想定されています。

歴史的・文学的価値

『源平闘諍録』は、治承・寿永の乱から100年を経た時代に作られた作品であり、史実に基づいているとは言えません。しかし、『平家物語』の翻案とされる部分には、延慶本以前の古い形態も残されています。また、緒戦に敗れた源頼朝の房総での動静を扱った「巻五」については、『吾妻鏡』の曲筆が著しいこともあり、基本史料である『平家物語』や『吾妻鏡』を補完するものとしても重要です。

このように、『源平闘諍録』は、文学作品としての価値だけでなく、歴史資料としても検討に値する作品であると言えるでしょう。

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