源氏物語のおこり

『源氏物語のおこり』：成立伝承の謎に迫る

『源氏物語のおこり』は、『源氏物語』の成立に関する伝承をまとめた文書です。単独の文書として存在するだけでなく、『源氏物語古系図』や注釈書、梗概書といった関連文献の一部としても見られます。古くから語り継がれてきた様々な物語の断片や、独自の解釈が複雑に絡み合った、いわば『源氏物語』成立に関する複数の伝承の寄せ集めと言えるでしょう。

仏教的解釈と源氏供養

『源氏物語』が仏の導きにより、あるいは仏典の裏に書かれたとする説も存在します。これは、物語が虚構であることを戒める仏教の教え「妄語」に反するのではないかという観点から、罪深い書と捉えられ、写本の裏に仏典を書き写して供養する「源氏供養」と関係があると指摘されています。こうした宗教的背景が、物語の成立に関する伝承に影響を与えた可能性も考えられます。

選子内親王の依頼説

『源氏物語』が選子内親王（大斎院）の依頼で執筆されたとする説は、『光源氏物語本事』といった鎌倉時代の注釈書にも記述が見られ、何らかの史実を反映している可能性も否定できません。しかしながら、近世以降の国学者による研究では、これらの伝承には史実と異なる部分も多く、そのまま事実として受け入れることは難しいとされています。

内容の多様性と変化

現存する写本によって、『源氏物語のおこり』の内容は大きく異なっています。鎌倉時代初期の無名草子では、紫式部が藤原彰子の命によって『源氏物語』を著したという簡潔な記述にとどまります。しかし時代が下るにつれて、様々な要素が加えられ、物語が複雑化・華美化していったことが伺えます。

最も一般的な内容としては、以下の通りです。紫式部は、かつて親しかった源高明（西宮左大臣）の流罪を悲しんでいました。そんな折、大斎院となった選子内親王から、上東門院（藤原彰子）を通じて新しい物語の創作を依頼されます。既存の物語では物足りないと判断された紫式部は、石山寺に籠もり、祈りの末、十五夜の月明かりに照らされた琵琶湖の湖面に物語の情景が浮かび上がると、大般若経の料紙を用いて執筆を始めました。こうして『源氏物語』全60帖が完成しますが、そのうち6帖は秘伝として隠され、54帖のみが世に広まったとされています。

主な伝本

『源氏物語のおこり』には、様々な伝本が存在します。その中には、宮内庁書陵部蔵本や、豊臣秀吉の書写とされる専修大学図書館蔵本などがあります。後者には、慶福院玉栄による奥書があり、秀吉が北政所おねねの侍女に贈られた注釈書を写したと伝えられています。秀吉の源氏物語への関心の高さと、自ら源氏供養を行っていたという記録も残されています。

関連文献と影響

『源氏物語のおこり』は、江戸時代の注釈書『湖月抄』にも収録されており、湖面に映った月が物語の着想源になったという説話が、その名称の由来にもなっています。また、様々な研究論文が、この伝承の成立背景や内容の変遷について考察を行っています。

結論

『源氏物語のおこり』は、歴史的事実とは異なる部分も含まれていますが、『源氏物語』の成立に関する様々な伝承を伝える貴重な文献です。その内容の多様性と変遷は、物語の受容史や文化史を考える上で、重要な手がかりとなるでしょう。物語の成立には、宗教的背景や宮廷政治、そして作者自身の個人的な経験など、多様な要素が絡み合っていたことが窺えます。今後さらなる研究によって、その謎が解き明かされていくことが期待されます。

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