漢口事件

漢口事件（1927年）の詳細解説

漢口事件は、1927年4月3日に中国の漢口（現在の武漢市の一部）で発生した、日本人襲撃事件です。当時、中国では国民革命軍の北伐が進む中、国民党左派と共産党による武漢国民政府が成立していましたが、その混乱の中で排外主義的な感情が高まり、事件へと発展しました。

事件の背景

事件の背景には、当時の中国における民族主義の高揚と、外国租界に対する反感がありました。国民党の三民主義が広まるにつれて、特に租界に対する不満が募り、その行政権を中国側に取り戻そうとする動きが活発化していました。事件以前にも、以下のような排外運動や襲撃事件が発生しています。

排日運動の激化: 1915年、1919年、1923年には激しい排日運動が起きていた。
宜陽丸事件（1923年）: 日本人船長が射殺され、乗客も殺害される事件が発生。
租界ボーイ領事館襲撃事件（1924年）: 租界で働く中国人ボーイが領事館を襲撃。
イギリス租界暴動（1925年）: 日本人商店が略奪・破壊され、日本人が殴殺される事件が発生。
三宜洋行襲撃事件（1926年）: 中国人暴徒が日本人商店を襲撃し、店舗や倉庫を破壊。

また、1926年9月頃から、国民革命軍の武漢への圧力が強まるにつれて、共産党の主導による労働運動が活発化し、労働者を組織化して「総工会」という団体が結成されました。この総工会は、外国人排斥を煽る役割も担っていました。

事件の発生

事件当日、日本租界で日本海軍の水兵2人が中国人の子供から投石されたことがきっかけとなり、現地民衆と日本人水兵の間で争いが発生しました。水兵の一人が近くの料理店に逃げ込んだところ、「日本水兵が中国人を殺した」という噂が広まり、事態は急激に悪化。大勢の民衆が料理店や隣の食堂を襲撃し、破壊・略奪を行いました。

事件を聞きつけた田中副領事が現場に駆けつけましたが、民衆に殴打されるなどの暴行を受けました。事態を重く見た日本海軍は、陸戦隊員を上陸させ、抗議に集まった中国人デモ隊に発砲。これにより、デモ隊は一時的に鎮圧されましたが、一部は他の租界に逃げ込み、そこにある日本人商店を襲撃するなど、混乱は拡大しました。

事件の被害と影響

日本側の被害は、家屋150戸が破壊され、被害見積額は92万円（当時）に上りました。また、居留民の中には暴行を受けたり、監禁される者も出ました。

この事件をきっかけに、中国各地で対日世論が悪化し、日本政府は揚子江流域の日本人居留民の総引き揚げを開始しました。多くの日本人が上海や日本本土に避難し、漢口を含む中国各地の日本人社会は大きな打撃を受けました。

事件後の動きと解決

事件後、日本政府は武漢政府に厳重抗議し、外交交渉を申し入れました。しかし、交渉は難航し、事件の責任の所在や賠償問題などを巡って、両国の主張は大きく対立しました。

1928年、中国の政権が蒋介石の国民党政府に移ると、日本政府は改めて交渉を開始し、1929年5月には、日中間で交換公文が交わされ、外交的に最終決着をみました。中国側は、事件を共産党の扇動によるものとしつつも、日本人の損害について賠償することで合意しました。最終的に、1931年7月には、南京事件と合わせて105万元の賠償金が確定し、分割で支払われることになりました。

事件の教訓

漢口事件は、当時の中国における排外主義の高まりと、それに対する日本側の対応のまずさが招いた悲劇と言えます。事件は、日中関係を悪化させ、その後の日中戦争へと繋がる要因の一つとなりました。この事件から、私たちは異文化理解の重要性や、外交交渉における慎重な対応の必要性を学ぶことができます。

参考文献

重光葵 原著、服部龍二 編著『満州事件と重光駐華公使報告書 : 外務省記録「支那ノ対外政策関係雑纂『革命外交』に寄せて」』日本図書センター、2002年10月
中支被難者連合会『南京漢口事件真相 揚子江流域邦人遭難実記』岡田日栄堂、1927年
田中秀雄 編『もうひとつの南京事件 : 日本人遭難者の記録』芙蓉書房出版、2006年

もう一度検索