漢意

漢意（からごころ）とは

「漢意（からごころ）」とは、江戸時代の国学者である本居宣長が提唱した思想概念であり、批評用語です。これは、日本古来の精神である「大和魂」の対義語として定義され、同義語には「漢籍意」や「漢国意」といった言葉が存在します。字義通りには「唐心（からごころ）」とも解釈されます。

概要

「漢意」は、『宇比山踏』や『玉勝間』などの著作で詳細に述べられており、「理屈で中華[[思想]]を正当化しようとする態度」、「物事を虚飾で飾り立てる行為」、「不都合な事実を糊塗するような、はからいの多い態度」を指します。宣長は、この概念を単なる漢学や儒学の思考様式に留めず、無意識に使われる「善悪是非」や「当然之理」といった漢籍由来の発想をも含めた、より広範な概念として捉えました。宣長にとって「漢意」は「学問」や「道」といった体系を支える主要な概念であり、この概念を用いることで、宣長の論理はより洗練されたものになったと考えられています。

生成と源流

宣長は、『源氏物語』や和歌の研究を通して、「人間のあるがままの感情を、善悪の倫理的判断に捉われることなく、肯定することが文学、ひいては人間の本来の姿である」という考えに至りました。これは当時の社会においては、文学を幕府の権威から解放する、非常に先鋭的な文学意識でした。しかし、この考えは宝暦13年（1763年）に集中的に使われた後、宣長の著作から一時的に姿を消しました。

一方で、「漢意」という概念は、明和年間から寛政年間に至るまで、継続的に使用されました。「漢意」は『古事記伝』の総論である「直毘霊」を推敲する過程で徐々に形作られたとされ、また、賀茂真淵が宣長に宛てた書簡に「から意」という言葉が見られることから、明和年間には両者の間で共有されていた用語であったことが窺えます。当初、「漢意」は古代日本（特に神代）を当時の常識で判断することの愚かさ、つまり「己が智もておしはかりごと」を指す言葉として使われていましたが、安永・天明年間における思想的論争を経て、より普遍的な意味を持つ概念へと変質していきました。「漢意」は、成立当初から不変の意味を持っていたわけではなく、宣長の国学思想の確立とともに形成され、その思想体系の中核を担う概念へと成長したのです。

受容と展開

宣長の「漢意論」は、主に精神的・文化的な側面を扱ったものとされますが、宣長自身の文献批判に基づいた外交史である『馭戒慨言』では、文化だけでなく政治や外交においても、日本人としての自立した価値観を持つことの重要性を主張しました。書名にある「馭戎（じょぎゅう）」、すなわち「西戎を制馭する」という概念は、宣長以前には見られない造語である可能性があります。しかし、宣長の死後、欧米の異国船が来航するようになり、外交関係が変化すると、『馭戒慨言』は「現実の外交を論じたもの」として拡大解釈されるようになりました。

幕末期には、平田派の国学者たちによって「宣長の代表作」とされ、例えば大国隆正は『馭戎問答』、平田延胤は『馭戎論』を著しています。吉田松陰が横井小楠に宛てた書簡にも「馭戎の事」という言葉が見られ、当時の情勢と彼らの立場から考えると、この場合の「馭戎」は「攘夷の別称」と解釈できます。さらに時代が進み、昭和時代に入ると、「大東亜共栄圏に臨むにあたって必読すべき書」として政治的に利用され、「馭戎」は「侵略の別称」とまで解釈されるようになりました。このように、「漢意」やそれに関連する概念は、時代背景や解釈によって意味合いが変化してきたと言えるでしょう。

まとめ

「漢意」は、本居宣長の思想を理解する上で不可欠な概念です。それは単なる異文化への批判ではなく、日本独自の価値観を問い直すためのものであり、その影響は文学、思想、そして政治にまで及んでいます。

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