濱徳太郎

濱徳太郎：美学と名車に彩られた生涯

濱徳太郎（1901-1975）は、20世紀日本の知的な風景に独特の足跡を残した人物です。美学者、大学教授としての顔を持ちながら、情熱的なクラシックカーコレクターとして、また才能ある作曲家としても知られていました。

長野県に生まれた濱は、慶應義塾普通部を経て松本高等学校に進学。在学中はオーケストラを結成し、同校の寮歌を作曲するなど、音楽への才能を開花させました。その後、東京大学で美学を専攻、卒業後はイギリスとドイツに留学し、バウハウス運動に触れるなど、幅広い文化的刺激を受けました。留学中には、自動車への強い関心を深め、後に生涯の情熱となるクラシックカー収集の端緒を開きます。

濱のクラシックカーへの関心は、単なる収集という枠を超えていました。彼が買い集めたのは、アルヴィスやブガッティといった希少な名車ばかり。戦中戦後の混乱期には、投げ売りされる名車を積極的に買い集め、「とにかく買っておきなさい。直すことは後からでもできます」という信念を貫きました。三井家から譲り受けたブガッティ・タイプ35やイスパノ・スイザなど、貴重な車両も含まれていました。彼の収集には、単なる資産価値だけでなく、歴史的価値や美的な価値への深い洞察が感じられます。

1956年、濱は日本クラシックカークラブ（CCCJ）を設立。これは、戦後、スクラップ寸前にあった貴重な戦前型車を保存・修復しようという彼の強い意志の表れです。コンクール・デレガンスなどのイベントを開催し、小林彰太郎ら若手自動車関係者にも大きな影響を与えました。

濱が収集した名車は、単にオリジナルの状態を維持するのではなく、彼独自の美意識に基づいて改造しようという意図が見られました。斬新なデザインのスペシャルカーを製作しようと計画し、図面を引くこともありましたが、多くの計画は実現しませんでした。唯一、ブガッティ・タイプ35だけは「どこをどう動かすこともできないほど完璧」と評価し、手を加えることはありませんでした。

彼の没後も、ランチア・ラムダやブガッティ・タイプ35、本田宗一郎が製作したレーシングカー「カーチス」など、多くの車両が他のコレクターの手に渡り、修復、保存されています。現在も、彼の息子である濱素紀氏（工業デザイナー）が、父の収集したロールス・ロイス・ファントムIIの修復を続けています。

一方、美学者としては日本大学、昭和女子大学、武蔵野美術大学などで教鞭を執り、多くの学生に影響を与えました。作曲家としての活動も続け、松本高等学校の寮歌は現在も歌い継がれています。

濱徳太郎の生涯は、美学、音楽、そして自動車という一見無関係な要素が、彼独自の審美眼と情熱によって見事に融合した稀有な例と言えるでしょう。彼の残したコレクションや、彼が築き上げたネットワークは、今日でも日本の自動車文化に大きな影響を与え続けています。彼の残した足跡は、単なる収集家としてだけでなく、時代の変遷の中で文化遺産を次世代へと繋ぐ役割を担った稀有な人物であったことを示しています。

もう一度検索