炭酸

炭酸：自然現象と生命活動を支える弱酸

炭酸は化学式H₂CO₃で表される炭素のオキソ酸であり、弱酸として知られています。しかし、特筆すべきはその存在様式です。通常、炭酸は水溶液中、つまり炭酸水としてしか存在できません。これは、二酸化炭素が水に溶解する際に、一部が水分子と反応して炭酸を生成する可逆反応によるものです。

この反応は、以下の化学式で表されます。

CO₂(aq) + H₂O(l) <=> H₂CO₃(aq)

この反応の平衡定数は25℃で1.7×10⁻³と小さく、平衡は著しく左に偏っています。つまり、水溶液中のほとんどの二酸化炭素はCO₂分子として存在し、炭酸はごく少量しか生成されません。さらに、この反応の速度も非常に遅く、触媒がない場合、平衡に達するまでには時間がかかります。

しかし、多くの生物は炭酸脱水酵素という酵素を持っており、この酵素は二酸化炭素と炭酸の相互変換速度を約10億倍に加速させます。この酵素は体液のpHを調節する上で非常に重要な役割を果たしています。

炭酸は水溶液中で2段階の解離を起こします。

H₂CO₃(aq) <=> HCO₃⁻(aq) + H⁺(aq)

HCO₃⁻(aq) <=> CO₃²⁻(aq) + H⁺(aq)

それぞれの解離における[酸解離定数]]は、25℃においてpKa₁ = 3.60、pKa₂ = 10.25です。ただし、二酸化炭素との平衡の存在により、見かけ上の酸解離定数]は6.35と高く、非常に弱い酸として振る舞います。このため、炭酸塩はアルカリ性を示し、古くから[[洗浄などに使われてきました。

長い間、炭酸は水溶液中でのみ存在すると考えられていましたが、1991年にNASAの科学者によって、純粋な炭酸の合成に初めて成功しました。彼らは、凍結させた水と二酸化炭素に高エネルギーの放射線を照射し、その後、余分な水を除去することで、純粋な炭酸を得ました。得られた炭酸の構造は赤外分光法によって確認されました。この発見は、宇宙空間にも炭酸が存在する可能性を示唆しています。

理論計算によると、水が存在しない純粋な炭酸は気体状態で安定であり、半減期はおよそ18万年と推定されています。一方、水が1分子でも存在すると、すぐに二酸化炭素と水に戻ってしまいます。

炭酸は自然現象にも深く関わっています。例えば、大気中の二酸化炭素が溶けた雨水のpHは5.6ですが、これは二酸化炭素の溶解によるものです。大気汚染物質の影響を受けない通常の雨水のpHは6前後です。工場などから排出される二酸化硫黄などの酸性酸化物が溶け込むと、pHがさらに低下し、酸性雨となります。

また、雨水中の二酸化炭素は、岩石中の炭酸カルシウムと反応します。

CaCO₃ + CO₂ + H₂O <=> Ca(HCO₃)₂

この反応により、炭酸カルシウムが溶解し、地下洞窟の浸食などに関与します。逆に、水が蒸発したり、二酸化炭素の溶解度が低下したりすると、炭酸カルシウムが再結晶し、鍾乳石や石筍が形成されます。チョークからなる帯水層からくみ上げられた水には多くの炭酸カルシウムが含まれており、「硬水」と呼ばれます。このように、炭酸は、地球上の様々な地形の形成に重要な役割を果たしているのです。

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