為氏本源氏物語系図

為氏本源氏物語系図：鎌倉時代の源氏物語系図研究における重要な資料

『為氏本源氏物語系図』は、古系図に分類される源氏物語の系図です。その名称は、二条為氏による書写と伝えられていることに由来します。しかし、為氏本が本当に為氏の真筆であるかどうかは確認されておらず、現在も議論の余地が残されています。それでも、為氏本が書写された時期は、為氏が活躍した鎌倉時代中期以降であると考えられています。

この系図は、かつて前田家に所蔵され、現在は尊経閣文庫に収蔵されています。

為氏本の特徴

為氏本は、源氏物語古系図の中でも特に重要な位置を占めています。その理由の一つは、最も原形に近いとされる九条家本と比較すると、いくつかの点で明確な増補の痕跡が認められることです。これは、為氏本が九条家本を基礎としつつ、後世の解釈や伝承を取り込んでいる可能性を示唆しています。

為氏本の構成は、他の多くの源氏物語古系図と同様です。大きく分けて、前付（源氏物語の起源）、系譜部分、不入（氏名不明の人物）、後付（登場人物の居住地や巻名）、奥書、巻名目録から成り立っています。

特に注目すべきは、系譜部分の人物数です。為氏本には177人が記載されており、これは九条家本（117人）と比較すると大幅に多い数値です。しかし、他の古系図と比較すると、正嘉本や天文本などの人数が多い系図と比べると少ないことがわかります。このことから、為氏本は九条家本を基礎としつつ、いくつかの増補を経て成立した系図であると考えられます。

巻名目録と識語

為氏本の巻名目録は、いくつかの興味深い特徴を持っています。まず、本の巻には巻序の数字が振られているのに対し、並びの巻には巻名のみが記され、巻序の数字がありません。これは、古い時代の巻名目録によく見られる特徴です。

また、若菜を上下に数えず、雲隠が含まれていないため、夢浮橋の巻序が通常より一つ少ない36となっています。さらに、「宿木」の代わりに「かほとりやとりき」と記されている点が特筆されます。これは、為氏本が元にした源氏物語には、「やどりき」と「かほどり」が別の巻として存在していた可能性を示唆しています。

巻名目録の最後には、「のりのし」、「すもり」、「さくら人」、「ひわりこ」といった現在流布している源氏物語にはない巻名が挙げられ、「これらはつねになし」と付記されています。最後に、「桐壺から夢浮橋まで五十五帖」と、通常の54帖より1帖多い帖数が記されているのも特徴的です。

巻末には別紙を継いで識語が記されており、そこに「右一巻大納言為氏卿」「貞享二年八月廿一日　羽林為綱」という記述があります。これは、為氏本が羽林為綱によって貞享2年（1685年）に確認されたことを示しています。

為氏本系統と研究史

池田亀鑑は、為氏本と内容の類似した古系図をまとめて「為氏本系統」と命名しました。池田は、九条家本を除く多くの古系図が為氏本の影響を受けて成立したと考えていましたが、常磐井和子は、為氏本系統の特色とされる特徴の中には、為氏本系統の中でも例外が多いものや九条家本系統の古系図に遡るものなど、為氏本系統に限定されないものが多いことを指摘し、池田の「為氏本系統」という概念に疑問を呈しています。

現在でも、為氏本と他の古系図との関係性については、研究が続けられています。為氏本は、その独特の特徴と、多くの古系図との関連性から、源氏物語研究において欠かせない重要な資料となっています。

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