無口な女

ラファエロの『無口な女』について

『無口な女』（むくちなおんな）は、イタリアのルネサンス時代の著名な画家、ラファエロ・サンツィオによって1505年から1507年の間に創作されました。この油彩画は、彼の肖像画作品の中でも特に高い評価を受けており、そのクオリティの高さから今も多くの人々に愛されています。この絵画は、固く閉ざされた口と女性の神秘的な表情から名付けられました。

本作の発注者や制作過程については詳しいことがわからず、多くの謎が残っていますが、ウルビーノ公爵家の関係があると考えられています。有力な説の一つには、ウルビーノ公爵フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロの娘、ジョヴァンナ・ダ・モンテフェルトロが描かれているとされています。彼女は後にジョヴァンニ・デッラ・ローヴェレと結婚し、ウルビーノ公爵フランチェスコ・マリーア1世・デッラ・ローヴェレの母となりました。

絵の様子を見ると、ラファエロは栗毛色の長い髪を持つ女性を描写しています。その女性は、シャープな顔立ちをしており、観る者の視線を引き付ける力強い目をしています。しかし、その佇まいからは、彼女が抱える状況や運命が穏やかではないことが感じ取れます。ラファエロは、レオナルド・ダ・ヴィンチの影響を受けつつ、モナ・リザを彷彿とさせるピラミッド型のポーズで女性を描いています。4分の3回転の角度から彼女を捉えた構図は、ダ・ヴィンチの技術が色濃く反映されています。

女性が身に着けている衣服は当時の流行を取り入れたもので、「ガムッラ」と呼ばれるスタイルです。頭部と肩を貴重なシルクのヴェールで飾り、首には信仰心の象徴であるロザリオが掛けられています。また、左手には当時一般的なハンカチや手袋を握っており、指には3つの指輪が施されています。特に、左手の薬指にあるルビーは当時流行したデザインで、4本の爪で宝石を留めています。これに対して、左手人差し指のサファイアはより後の時代のスタイルであり、円形の土台に宝石が埋め込まれています。

ラファエロは手の描写に非常にこだわっており、手の美しさとともに、指輪の存在感を強調しています。このように、衣服や宝飾品、ポーズを通じて、女性の社会的地位やその役割を表現しようとしたのです。

肖像画の帰属については、19世紀ほど前から諸説があります。1860年ごろからヨハン・ダーフィト・パサヴァンなどの研究者らがラファエロの作品と特定し、その後も研究が続けられました。現在では、1505年から1507年に制作されたものであると広く考えられています。

1983年の科学調査により、赤外線リフレクトグラフィーが使用された結果、現在の図像とは異なる描写があることが判明しました。その描写では、女性はより若々しく、髪も豊かで、現在の姿よりも柔らかい印象を与えています。これにより、ラファエロが肖像画を描いた数年後に、モデルの年齢や外見に合わせて変更を加えた可能性が考えられます。さらに、肖像画の制作に使用された準備素描についても、ラファエロ本人の手によるものであることが確認されています。

モデルの正体に関してはいくつかの説があり、先に述べたジョヴァンナが有力視されていますが、その根拠には異論も存在します。デッラ・ロヴェーレ家の財産目録には本作品が明確に記載されておらず、また字面の女性との年齢差も懸念材料とされています。

『無口な女』は1710年にピッティ宮殿にてメディチ家の目録に現れるまで、詳しい来歴が不明でした。その後、メディチ家の別邸に送られ、1740年から200年間はウフィツィ美術館に所蔵されていましたが、1927年にウルビーノのマルケ国立美術館に移されました。1975年にこの作品は盗難に遭いましたが、迅速な捜査により翌年には無事に回収されました。

このようにして『無口な女』は、ラファエロの技が凝縮された作品として、多くの人々に親しまれ続けています。

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