無言歌

無言歌（むごんか）

概要

無言歌（ドイツ語：Lied ohne Worte、英語：song without words、フランス語：romance sans paroles）は、19世紀のロマン派音楽期に隆盛した、感情豊かな小規模な器楽曲の一ジャンルです。その名の通り「言葉を持たない歌」という意味が込められており、声楽的なメロディラインが器楽によって奏でられることを特徴とします。主にピアノ独奏曲として作曲されましたが、他の編成による作品も存在します。

歴史的背景とメンデルスゾーン

この形式を最初に確立し、生涯にわたって精力的に作曲を行ったのは、ドイツの作曲家フェリックス・メンデルスゾーンです。彼は無言歌を多数作曲し、それらは『無言歌集』としてまとめられました。この曲集は全8巻、合計48曲で構成されており、19世紀を通じて非常に高い人気を誇りました。

当時のヨーロッパ、特にドイツ語圏では、中産階級の台頭とともに家庭での音楽演奏が盛んになりました。ビーダーマイヤー時代と呼ばれるこの時期、専門的な訓練を受けていない人々でも楽しめる音楽、すなわち家庭音楽（Hausmusik）への需要が高まります。メンデルスゾーンの無言歌集の多くは、高度な演奏技巧を要求せず、中程度の技術レベルでも十分に音楽の美しさを表現できるように作曲されていました。この点が、彼の無言歌が当時の家庭で広く親しまれ、人気を博した大きな要因の一つと言えます。

無言歌という名称がどのようにして生まれたかについては、シャルル・グノーが伝えた逸話によると、フェリックス・メンデルスゾーンの姉であり自身も作曲家であったファニー・メンデルスゾーンの発案によるとされています。

他の作曲家による作品

メンデルスゾーン以降も、他の作曲家たちによって無言歌は作曲されました。例えば、ロシアのピョートル・イリイチ・チャイコフスキーや、フランスのガブリエル・フォーレなどがピアノのための無言歌を残しています。

また、ピアノ独奏以外の編成でも無言歌は作曲されています。メンデルスゾーン自身もチェロとピアノのための無言歌を作曲しています。さらに、グスターヴ・ホルストは管弦楽のための《2つの無言歌》や、吹奏楽のための《吹奏楽のための第2組曲》の第2曲に無言歌の名称を用いています。アルノルト・シェーンベルクの室内楽曲《セレナーデ》の第6楽章も無言歌と名付けられています。

関連する概念

無言歌は、ロマン派音楽における抒情的な性格的小品という広い範疇に含まれます。類似または関連する概念としては、ロマンス、歌唱的で滑らかな旋律を特徴とするカンティレーナ、オペラなどにおける叙情的で比較的短いアリアであるカヴァティーナ、そして歌詞を持たない声楽曲であるヴォカリーズなどが挙げられます。これらは形式や編成は異なりますが、「歌」の要素を器楽的、あるいは歌詞なしで表現しようとする点で共通する部分があります。無言歌は、これらの抒情的な小品群の中でも、特にメンデルスゾーンによって確立された器楽、特にピアノ曲における「言葉なき歌」の形式として独自の地位を築きました。

無言歌は、その親しみやすい旋律と豊かな感情表現によって、ロマン派音楽の魅力的な一面を示すジャンルとして、現在でも多くの人々に愛され続けています。

* 関連用語: ロマンス、カヴァティーナ、カンティレーナ、抒情小曲集、ヴォカリーズ

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