ファニー・メンデルスゾーン
ファニー・メンデルスゾーン＝ヘンゼル（Fanny Mendelssohn-Hensel, 1805年11月14日 - 1847年5月14日）は、ドイツの作曲家、ピアニスト、そして指揮者として活躍しました。19世紀前半において、彼女はフランスのルイーズ・ファランクと共に、女性作曲家の先駆者として重要な役割を果たし、今日では女性作曲家やジェンダー研究の観点から注目を集めています。
旧姓であるファニー・メンデルスゾーン（ファニー・ツェツィーリエ・メンデルスゾーン＝バルトルディ Fanny Cäcilie Mendelssohn-Bartholdy）としても知られる彼女は、作曲家フェリックス・メンデルスゾーンの姉として広く認識されてきました。しかし近年、彼女自身の作曲家およびピアニストとしての才能と業績が再評価されています。洗礼名であるツェツィーリエは、音楽の守護聖人である聖セシリアに由来しており、彼女の肖像画にもその影響が見られます。
結婚後はファニー・ヘンゼルという名前で知られていましたが、近年では弟フェリックスや一族とのつながりが重視され、ファニー・メンデルスゾーン＝ヘンゼルという呼称が一般的になっています。
ファニーは、ハンブルクのユダヤ人上流階級に生まれました。母方の親族は、大バッハの息子であるカール・フィリップ・エマヌエル・バッハのパトロンであり、鍵盤楽器の弟子でもありました。そのため、メンデルスゾーン家には音楽が根付いており、子供たちは作法や語学教育と並行して音楽教育を受けました。
特にファニーと弟のフェリックスは、ピアノ、音楽理論、指揮といった共通の音楽教育を受けました。ファニーは幼少の頃から卓越した音楽的才能を発揮し、作曲も始めました。フェリックスは姉の才能を高く評価していましたが、当時の女性が職業を持つことをためらう風潮から、姉が職業音楽家として活動することに積極的になれませんでした。また、似たような才能を持つ姉をライバル視していた可能性も指摘されています。
父親は息子ほど複雑な感情は抱いておらず、ファニーに対し、「お前は弟の才能を理解できればそれでいい」と明確に告げました。ファニーとフェリックスは生涯にわたり、膨大な往復書簡を交わし、ファニーは弟の作品にしばしば助言や批評を与えました。しかし、父親は彼女に弟の相談相手になることを促したのではなく、作曲と演奏を抑制しようとしたと考えられています。
1829年、ファニーは宮廷画家のヴィルヘルム・ヘンゼルと結婚し、翌年には息子セバスチャン・ヘンゼルを出産しました。夫のヘンゼルは、メンデルスゾーン家の音楽サロンや文芸サロンに出入りしており、ファニーとの出会いもそこでした。ファニーが貴族や知識人ではなく、当時職人階級とみなされていた画家と結婚したことは、ジェンダー研究の観点から父親への反抗と解釈されています。
1838年、ファニーはピアニストとしてデビューし、弟のフェリックスの『ピアノ協奏曲第1番』を演奏しました。この頃からファニーの作曲活動も再び活発になります。
夫のヘンゼルはファニーの音楽的才能を深く理解し、作品を公表・出版するように説得しました。1840年代、ファニーが積極的に作品の創作・出版に取り組んだのは、夫の励ましが大きな要因であり、これにより彼女は一時的に抱えていたジレンマから脱却することができました。
ファニーは出産後、夫の仕事の関係でヨーロッパ各地を転々としました。プロイセン（ベルリン）に戻り音楽活動に意欲的に取り組んでいた矢先の1847年5月14日、弟の『最初のワルプルギスの夜』のリハーサル中に脳卒中で倒れ、急逝しました。
ファニーの急逝は弟フェリックスに大きな衝撃を与え、フェリックスは姉の遺稿を整理している最中、半年後の1847年11月4日に姉と同じく脳卒中で急逝しました。
ファニーは、個別に数えると600曲近い作品を遺したとされています。その全貌はまだ解明されていませんが、楽譜の出版や演奏・録音によって、作品の一部は身近になりつつあります。
彼女の作品は、ピアノ曲と声楽曲が中心で、管弦楽曲や室内楽曲は多くありません。特に有名なのは、死後に弟フェリックスの校訂により出版されたピアノ三重奏曲です。
多くの歌曲は、当初フェリックスの名義で作品8と作品9として出版されました。その中の1曲である「イタリア」はヴィクトリア女王の愛唱歌となり、フェリックスは女王に謁見した際、「本当は姉の作品なのです」と告白したというエピソードが残っています。
ファニーの歌曲は、ピアノパートにおいて、躍動的な音型や幻想的な楽想が多用されており、弟メンデルスゾーンの作品との類似点が指摘されています。しかし、抒情歌曲においては、弟の作品よりも旋律線の息が長く、より情緒的な表現がされています。そのため、ファニーの歌曲はシューベルト以降のドイツ・リートにおいて、独自の重要性を持つものとして再評価が進んでいます。
ピアノ曲は自由形式のキャラクター・ピースが多く、歌曲の様式が採用されています。単旋律と伴奏音型からなるシンプルな書法は、19世紀初頭に流行した「ロマンス」のパターンを踏襲しています。しかし、ファニーはそこに巧みな転調や印象的な旋律を加え、独自のジャンルへと昇華させました。これが無言歌（Lied ohne Worte）であり、弟フェリックスの作品を通じて広く知られるようになりましたが、近年の研究では、無言歌を考案したのはファニーであると指摘されています。ヘンゼル夫妻がイタリア滞在中に親交を深めたグノーも、後にファニーが「無言歌は私が考え出した」と語っていたことを明かしています。
さらに、ファニーはピアノ・ソナタやピアノ組曲の作曲においても創造性を示しました。この点においては、弟よりもシューマンに近いと言えます。
『ピアノ・ソナタ ト短調』は、複数の楽章から構成されていますが、実際にはすべての楽章が連結しており、循環楽想も使われています。この構成は、リストの『ピアノ・ソナタ ロ短調』を先駆けるものです。
組曲『12ヵ月』は、性格的小品集でありながら、コラール前奏曲、ソナタ形式、ロンド形式、無言歌など、様々な形式やジャンルが用いられています。この組曲の特徴は、それぞれの楽章が、弟の作品よりも規模が大きく、構成的であり、緻密な書法が用いられている点です。
『3つの小品』は、オリジナルのピアノ連弾作品で、無言歌的な特徴を持ち、非常に情緒的ですが、演奏には高い技術が求められます。
ピアノ四重奏曲 変イ長調 (1822年以前)
ピアノ三重奏曲 ニ短調 Op.11 (1847年?)
ピアノ・ソナタ ハ短調 (1823年)
ピアノ・ソナタ ト短調 (1843年)
「一年」Das Jahr (12曲) (1841年)
六つの園の歌 6 Gartenlieder op.3 混声四部合唱 (1846年)
以下の6曲は、弟フェリックス・メンデルスゾーンのOp.8の2,3,12、Op.9の7,10,12として出版されています。
「郷愁」Das Heimweh
「イタリア」Italien
「ズライカとハーテム」Suleika und Hatem（二重唱）
「あこがれ」Sehnsucht
「喪失」Verlust
「尼僧」Die Nonne
ファニー・メンデルスゾーンの楽譜 - 国際楽譜ライブラリープロジェクト
ファニー・メンデルスゾーン作曲の楽譜 - Choral Public Domain Library (ChoralWiki)
FannyHensel.de - comprehensive site
Hensel-Biography - some notes about the composer and her family
Fanny Mendelssohn Hensel Piano Trio in d minor sound-bites and short bio
Klavierstücke for piano four hands - YouTube
旧姓であるファニー・メンデルスゾーン（ファニー・ツェツィーリエ・メンデルスゾーン＝バルトルディ Fanny Cäcilie Mendelssohn-Bartholdy）としても知られる彼女は、作曲家フェリックス・メンデルスゾーンの姉として広く認識されてきました。しかし近年、彼女自身の作曲家およびピアニストとしての才能と業績が再評価されています。洗礼名であるツェツィーリエは、音楽の守護聖人である聖セシリアに由来しており、彼女の肖像画にもその影響が見られます。
結婚後はファニー・ヘンゼルという名前で知られていましたが、近年では弟フェリックスや一族とのつながりが重視され、ファニー・メンデルスゾーン＝ヘンゼルという呼称が一般的になっています。
生涯
ファニーは、ハンブルクのユダヤ人上流階級に生まれました。母方の親族は、大バッハの息子であるカール・フィリップ・エマヌエル・バッハのパトロンであり、鍵盤楽器の弟子でもありました。そのため、メンデルスゾーン家には音楽が根付いており、子供たちは作法や語学教育と並行して音楽教育を受けました。
特にファニーと弟のフェリックスは、ピアノ、音楽理論、指揮といった共通の音楽教育を受けました。ファニーは幼少の頃から卓越した音楽的才能を発揮し、作曲も始めました。フェリックスは姉の才能を高く評価していましたが、当時の女性が職業を持つことをためらう風潮から、姉が職業音楽家として活動することに積極的になれませんでした。また、似たような才能を持つ姉をライバル視していた可能性も指摘されています。
父親は息子ほど複雑な感情は抱いておらず、ファニーに対し、「お前は弟の才能を理解できればそれでいい」と明確に告げました。ファニーとフェリックスは生涯にわたり、膨大な往復書簡を交わし、ファニーは弟の作品にしばしば助言や批評を与えました。しかし、父親は彼女に弟の相談相手になることを促したのではなく、作曲と演奏を抑制しようとしたと考えられています。
1829年、ファニーは宮廷画家のヴィルヘルム・ヘンゼルと結婚し、翌年には息子セバスチャン・ヘンゼルを出産しました。夫のヘンゼルは、メンデルスゾーン家の音楽サロンや文芸サロンに出入りしており、ファニーとの出会いもそこでした。ファニーが貴族や知識人ではなく、当時職人階級とみなされていた画家と結婚したことは、ジェンダー研究の観点から父親への反抗と解釈されています。
1838年、ファニーはピアニストとしてデビューし、弟のフェリックスの『ピアノ協奏曲第1番』を演奏しました。この頃からファニーの作曲活動も再び活発になります。
夫のヘンゼルはファニーの音楽的才能を深く理解し、作品を公表・出版するように説得しました。1840年代、ファニーが積極的に作品の創作・出版に取り組んだのは、夫の励ましが大きな要因であり、これにより彼女は一時的に抱えていたジレンマから脱却することができました。
ファニーは出産後、夫の仕事の関係でヨーロッパ各地を転々としました。プロイセン（ベルリン）に戻り音楽活動に意欲的に取り組んでいた矢先の1847年5月14日、弟の『最初のワルプルギスの夜』のリハーサル中に脳卒中で倒れ、急逝しました。
ファニーの急逝は弟フェリックスに大きな衝撃を与え、フェリックスは姉の遺稿を整理している最中、半年後の1847年11月4日に姉と同じく脳卒中で急逝しました。
作品
ファニーは、個別に数えると600曲近い作品を遺したとされています。その全貌はまだ解明されていませんが、楽譜の出版や演奏・録音によって、作品の一部は身近になりつつあります。
彼女の作品は、ピアノ曲と声楽曲が中心で、管弦楽曲や室内楽曲は多くありません。特に有名なのは、死後に弟フェリックスの校訂により出版されたピアノ三重奏曲です。
多くの歌曲は、当初フェリックスの名義で作品8と作品9として出版されました。その中の1曲である「イタリア」はヴィクトリア女王の愛唱歌となり、フェリックスは女王に謁見した際、「本当は姉の作品なのです」と告白したというエピソードが残っています。
ファニーの歌曲は、ピアノパートにおいて、躍動的な音型や幻想的な楽想が多用されており、弟メンデルスゾーンの作品との類似点が指摘されています。しかし、抒情歌曲においては、弟の作品よりも旋律線の息が長く、より情緒的な表現がされています。そのため、ファニーの歌曲はシューベルト以降のドイツ・リートにおいて、独自の重要性を持つものとして再評価が進んでいます。
ピアノ曲は自由形式のキャラクター・ピースが多く、歌曲の様式が採用されています。単旋律と伴奏音型からなるシンプルな書法は、19世紀初頭に流行した「ロマンス」のパターンを踏襲しています。しかし、ファニーはそこに巧みな転調や印象的な旋律を加え、独自のジャンルへと昇華させました。これが無言歌（Lied ohne Worte）であり、弟フェリックスの作品を通じて広く知られるようになりましたが、近年の研究では、無言歌を考案したのはファニーであると指摘されています。ヘンゼル夫妻がイタリア滞在中に親交を深めたグノーも、後にファニーが「無言歌は私が考え出した」と語っていたことを明かしています。
さらに、ファニーはピアノ・ソナタやピアノ組曲の作曲においても創造性を示しました。この点においては、弟よりもシューマンに近いと言えます。
『ピアノ・ソナタ ト短調』は、複数の楽章から構成されていますが、実際にはすべての楽章が連結しており、循環楽想も使われています。この構成は、リストの『ピアノ・ソナタ ロ短調』を先駆けるものです。
組曲『12ヵ月』は、性格的小品集でありながら、コラール前奏曲、ソナタ形式、ロンド形式、無言歌など、様々な形式やジャンルが用いられています。この組曲の特徴は、それぞれの楽章が、弟の作品よりも規模が大きく、構成的であり、緻密な書法が用いられている点です。
『3つの小品』は、オリジナルのピアノ連弾作品で、無言歌的な特徴を持ち、非常に情緒的ですが、演奏には高い技術が求められます。
主な作品
室内楽曲
ピアノ四重奏曲 変イ長調 (1822年以前)
ピアノ三重奏曲 ニ短調 Op.11 (1847年?)
ピアノ曲
ピアノ・ソナタ ハ短調 (1823年)
ピアノ・ソナタ ト短調 (1843年)
「一年」Das Jahr (12曲) (1841年)
無伴奏合唱曲
六つの園の歌 6 Gartenlieder op.3 混声四部合唱 (1846年)
歌曲
以下の6曲は、弟フェリックス・メンデルスゾーンのOp.8の2,3,12、Op.9の7,10,12として出版されています。
「郷愁」Das Heimweh
「イタリア」Italien
「ズライカとハーテム」Suleika und Hatem（二重唱）
「あこがれ」Sehnsucht
「喪失」Verlust
「尼僧」Die Nonne
外部リンク
ファニー・メンデルスゾーンの楽譜 - 国際楽譜ライブラリープロジェクト
ファニー・メンデルスゾーン作曲の楽譜 - Choral Public Domain Library (ChoralWiki)
FannyHensel.de - comprehensive site
Hensel-Biography - some notes about the composer and her family
Fanny Mendelssohn Hensel Piano Trio in d minor sound-bites and short bio
Klavierstücke for piano four hands - YouTube
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