無量院 (川崎市)

無量院（むりょういん）は、神奈川県川崎市幸区に位置する、古式ゆかしい天台宗の寺院です。

歴史

この寺院がいつ創建されたのか、その正確な年代は残念ながら明らかになっていません。しかし、寺院の復興に尽力したとされる恵海という僧が、永禄5年（1562年）に寂したという記録が残されています。このことから、少なくとも戦国時代には既にこの地に寺院が存在し、地域の歴史を見守ってきたと考えられています。

境内の至宝：石灯籠型庚申塔

無量院の境内において、特に訪れる人々の目を引くのが、その形状と信仰の内容が極めて珍しい石造物です。それは、一般的な庚申塔とは異なり、石灯籠の形をしています。これは寛文元年（1661年）に造立されたものであり、現存する川崎市内の石塔類の中では最も古い部類に属するものとして、その歴史的価値が認められています。

この石灯籠型庚申塔は、単に古いというだけでなく、その彫刻と信仰の組み合わせに大きな特徴があります。

• - 彫刻のディテール

火袋（火を灯す部分）には、穏やかな表情を湛える地蔵菩薩像が丁寧に彫り込まれています。一方、その下の竿（柱の部分）には、庚申信仰と深く結びついた「見ざる・言わざる・聞かざる」で知られる三猿の姿が生き生きと刻まれています。

• - 信仰の融合

石灯籠が庚申塔の形式を兼ねていること自体が全国的に見ても稀な例ですが、さらに特筆すべきは、地蔵信仰と庚申信仰という、本来は異なる起源を持つ二つの信仰が、この一つの石造物の中で結合している点です。庚申信仰は、特定の日に夜通し眠らずに過ごす「庚申待」の儀式を通じて、人間の体内にいるとされる虫が天帝に罪を告げに行くのを防ぎ、長寿などを願う民間信仰です。一方、地蔵信仰は、六道輪廻の中で苦しむ人々、特に子供や旅人を救済する地蔵菩薩への信仰です。この二つが一体となっている背景には、当時の庶民の切実な願いや、多様な信仰が互いに影響し合い融合していった過程があると考えられます。この無量院の石灯籠型庚申塔は、こうした当時の民衆信仰のあり方を示す貴重な資料であり、その文化的価値は非常に高いと言えます。

交通アクセス

無量院へお越しの際は、JR横須賀線または湘南新宿ラインの新川崎駅が最寄りとなります。駅から寺院までは、徒歩でおよそ18分程度で到着することができます。

無量院は、静かな佇まいの中に戦国時代まで遡る歴史を秘め、特に境内にある石灯籠型庚申塔は、川崎の歴史だけでなく、日本の民衆信仰の多様性や深さを物語る貴重な存在です。訪れる人々は、この稀有な石造物を前に、遠い昔の人々の信仰心や当時の社会の息吹を感じ取ることができるでしょう。

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