熊澤一衛

熊澤一衛：実業家、歌人、そして激動の生涯

熊澤一衛は、1877年（明治10年）に三重県四日市市で生まれました。地元の旧家であり、代々津藩の御用達を務めていた熊澤家の長男として、裕福な環境で育ちました。父の熊澤市兵衛は、地域の名士として知られ、学問を重視する人物でした。その影響を受け、一衛も勉学に励みますが、旧制津中学校を病気で中退しています。しかし、病気を克服して日露戦争に看護長として従軍した後、1906年（明治39年）に四日市製紙に入社し、実業家としての道を歩み始めます。

実業家としての才能開花

四日市製紙では、1912年（明治45年）に取締役に就任すると、富士製紙との合併を推進するなど、その経営手腕を発揮しました。1920年（大正9年）には静岡電気の専務に就任し、その後は電力会社、電鉄会社、製紙会社など、多岐にわたる分野で37社もの企業の経営に関わり、「東海の飛将軍」と称されるほどの活躍を見せます。

特に、1925年（大正14年）に就任した伊勢電気鉄道の社長としては、全線の電化や養老鉄道との合併を実現し、四日市の実業界・経済界の発展に大きく貢献しました。また、1929年（昭和4年）には四日市市立図書館を建設するなど、地域への貢献も積極的に行いました。

栄光と失墜

しかし、順風満帆に見えた熊澤の人生は、1929年（昭和4年）に起こった五私鉄疑獄事件によって暗転します。伊勢電鉄の名古屋進出を画策する中で、政界への働きかけが贈賄容疑となり、逮捕されてしまったのです。さらに、藍綬褒章受章後には、売勲事件にも関与していたことが発覚し、勲章などを剥奪されてしまいます。これらの事件により、四日市銀行は破綻し、熊澤は自らの財産を処分せざるを得なくなりました。

これらの事件は、熊澤の独裁的な経営体質と、伊勢神宮への信仰心から、大阪資本の三重県への進出を許さないという強い信念が招いた悲劇とも言えるでしょう。事件後、熊澤は失意のうちに1940年（昭和15年）2月14日に64歳で生涯を閉じました。

歌人、茶人としての側面

熊澤一衛は、実業家として活躍する一方で、歌人、茶人としての側面も持っていました。妻のまさの父が歌人であったことから、自身も歌を詠むようになり、佐佐木信綱とも親交が深かったようです。また、茶人としては「月台」という号を名乗り、三井財閥系の財界人との交流もありました。

熊澤一衛は、その生涯において、実業家としての成功と、晩年の失墜という、激動の人生を送りました。しかし、その功績は、四日市をはじめとする三重県の経済発展に大きく貢献したことは間違いありません。また、その波乱に満ちた生涯は、多くの人々に語り継がれています。

参考文献

のびゆく四日市
四日市市制111周年記念出版本「四日市の礎111人のドラマとその横顔」

もう一度検索