熊野別当

熊野別当：熊野三山の支配者とその興亡

熊野別当は、9世紀から14世紀にかけて、熊野三山（熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社）を統括した重要な役職でした。熊野信仰の中心地である熊野三山は、それぞれ異なる歴史的経緯を経て発展しましたが、12世紀頃には宗教思想上の一体化が進み、熊野三所権現として認識されるようになりました。熊野別当はこの一体化に先行する9世紀にはすでに存在しており、三山の宗教的・政治的運営の中枢を担ったのです。

成立と権力基盤の確立

熊野別当の職位は、当初は熊野の衆徒（僧侶や山伏など）の推挙を経て任命されていました。しかし、11世紀には白河院の熊野御幸を契機に、熊野別当は中央の僧綱制に組み込まれるようになり、権威と影響力を増大させました。特に、15代別当長快は白河院から紀伊国内の広大な所領を寄進され、熊野別当家の経済的基盤を築き、政治的影響力も強めました。

長快以降、熊野別当職は世襲されるようになり、新宮別当家と田辺別当家の二大勢力が形成されました。系図の作成を通じて、熊野別当家は自らの出自を藤原氏などの名家に結びつけ、世襲の正当性を主張しました。しかし、これらの系図には虚構が含まれており、熊野別当家の権威を高めるための策略であった可能性も指摘されています。様々な系図が存在しており、その内容は必ずしも一致していません。

分裂と抗争

熊野別当家は、新宮と田辺の両家に分かれ、それぞれの勢力圏を拡大しました。しかし、両家は職位や利権をめぐって対立・抗争を繰り返すようになり、熊野内部の安定を脅かす要因となりました。長快の死後、その子孫たちは新宮と田辺を拠点に勢力を拡大し、熊野全域に影響を及ぼすようになりました。

承久の乱(1221年)は熊野別当家の勢力に大きな打撃を与えました。後鳥羽上皇方についた別当家は、幕府の報復により所領や権益を失い、勢力が衰えました。乱後、鎌倉幕府は熊野三山の直接掌握を試み、熊野別当家の支配力は更に弱まりました。

衰退と終焉

承久の乱以降、熊野別当家は権力基盤を失い、熊野三山に対する支配力を弱めていきました。13世紀末には那智山は独立性を強め、熊野三山はそれぞれ独自の運営を行うようになりました。熊野水軍に対する統制力も失われ、熊野地方の武士勢力は別当家の支配から離れ、独自の行動をとるようになりました。

14世紀に入ると、熊野別当の呼称は次第に用いられなくなり、その職は完全に消滅しました。最終的に熊野三山はそれぞれ独立した存在となり、熊野別当による統治体制は完全に終焉を迎えました。熊野別当は、熊野信仰と密接に関わった一方で、内紛や外部勢力との抗争により衰退し、歴史の舞台から姿を消したのです。

参考文献

小山 靖憲、『熊野古道』、岩波書店
阪本 敏行、『熊野三山と熊野別当』、清文堂出版
高橋 修、「中世前期の熊野三山検校をめぐる一考察」、「くちくまの」
その他多数の文献、研究論文

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