熊野年代記

熊野年代記について

熊野年代記は、熊野新宮の新宮庵主霊光庵によって編纂された、熊野三山の歴史を扱った編年体の歴史書です。これにより、古代から明治時代前半までの熊野の歴史が伝えられ、熊野地域の歴史研究において重要な資料とされています。この作品は、「熊野年代記古写」「歳代記第壱」「年代記第弐」の三部分で構成されており、いずれも新宮庵主家に由来する家系の人物によって近世に作成されたと考えられています。

成立と歴史的背景

熊野年代記が完成したのは、近江国の飯道寺から新宮庵主を迎えるようになった16世紀中頃とされています。この時期に、飯道寺水元坊祐盛が新宮に鳥居を建立したといった記録が古写に記されています。さらに、永禄9年（1566年）から17世紀初頭にわたり、梅本院から庵主が迎えられ、新宮庵主は修験寺院としての役割を担っていきました。

しかし、この時代には本願と社家との間での対立がありませんでした。熊野年代記は、その本願の立場を正当化し、古い来歴と由緒を権威づける目的で古記録を集めて編纂されたと考えられています。

小野本に関する事柄

熊野年代記は「霊光庵重宝写也」として認識されており、庵主梅本家によって後世にわたって秘蔵されていました。しかし、明治初期の神仏分離政策によって新宮庵主は廃絶し、その当主であった庵主周憲は還俗しました。この際、熊野年代記は20点ほどの文書と共に持ち出されましたが、大半は水害によって失われました。奇跡的に残された熊野年代記は、梅本家で保管されていました。1894年には、地元の郷土史家小野芳彦によって書写され、第1巻に古写を、第2巻に第壱と第弐を収める形で「小野本」としてまとめられました。この取り組みによって、熊野年代記という名称も小野によって名付けられたと考えられています。

写本とその影響

小野本をもとに柳田國男が写本を作成し、民俗学にも貢献しました。さらに、1919年には東京大学史料編纂所が謄写版を作成しましたが現在、その原本は存在せず、小野の遺稿の附録に引用されたもののみが残されています。このようにして熊野年代記はさまざまな形で後世に伝えられていきました。

1934年には熊野那智大社の禰宜である潮崎八百主が梅本家世に残る原本を筆写し、1972年には『那智勝浦町史』編纂のために新たに活字本が刊行されました。これらの活動を通じて、熊野年代記は広まっていきました。

形態と内容

熊野年代記は3篇それぞれに異なる形態と様式を持っています。古写は粗い美濃紙に記され、神代から明和2年までの記事を収めています。また、年代記第壱は神代から宝暦13年までを、年代記第弐は明和元年から1891年までの記事が記されています。しかし、特に第弐は小野芳彦による後世の書き継ぎも含まれています。

熊野年代記の評価

熊野年代記は近世の記述に信頼性があるとの評価を受けているものの、古代・中世の記事には信憑性を欠く部分も多いとされています。特に、熊野別当や信仰の変遷に関する記述には誤りが多く見受けられ、信頼性の評価には慎重さが求められています。それでも、近世の記述は秘伝や文化の示唆を含むだけでなく、熊野三山の歴史をまとめた唯一無二の資料とされています。このように、熊野年代記は今後の熊野研究や宗教・信仰史の研究においても、重要な資料であることに変わりありません。

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