父と子

『父と子』（ロシア語: Отцы и дети）は、1862年にイワン・ツルゲーネフによって発表された長編小説です。この作品は、19世紀ロシアの社会変革期を背景に、異なる世代間の価値観の衝突や、若者たちの思想的な葛藤、そして複雑な人間関係を深く掘り下げて描いています。

物語は、1859年5月、地主ニコライ・キルサーノフが大学を卒業した息子アルカージーを迎える場面から始まります。この再会をきっかけに、物語は旧世代と新世代の思想的な対立を鮮明に描き出します。特に、ニヒリズムを信奉する青年医師エヴゲーニー・バザーロフが登場することで、議論は一層激化します。

エヴゲーニーは、既存の権威や伝統を否定し、科学的な根拠に基づかないものを徹底的に拒否します。そのニヒリズムは、彼の言動を通して物語全体に影響を与えます。物語は、エヴゲーニーが未亡人オジンツォーワに恋心を抱き、告白するも拒絶されるという恋愛模様、そして医療ミスによる感染症で命を落とすという悲劇的な結末を迎えます。しかし、死を前にして、彼はそれまで口にしなかった両親への愛情を吐露します。彼の死は、物語に深い悲しみと、ニヒリズムという思想の限界を示唆しています。

一方で、アルカージーはエヴゲーニーに影響を受けつつも、彼とは異なる道を歩み始めます。アルカージーはカーチャと結婚し、ニコライ・キルサーノフもフェーニチカと再婚し、それぞれ新しい生活をスタートさせます。また、クークシナはドイツへ留学するなど、若者たちはそれぞれの新しい人生を歩み始めます。

物語の終盤では、エヴゲーニーの両親が彼の墓を訪れ、静かに語り合う場面が描かれます。この場面は、時代が変わっても変わらない親子の愛情と、喪失感を表しており、物語に深い余韻を残します。

登場人物

エヴゲーニー・ワシリーイチ・バザーロフ
ニヒリストで、科学を専攻する医学生。既存の価値観を否定し、無神論者。
ニコライ・ペトローヴィチ・キルサーノフ
アルカージーの父親で地主。自由主義者だが、家父長制を支持する。
パーヴェル・ペトローヴィチ・キルサーノフ
ニコライの兄で、貴族階級。高尚な教養を誇る。
アルカージー・ニコラーイチ・キルサーノフ
サンクトペテルブルク大学卒業の青年。当初はニヒリストだが、後に変化する。
ワシーリー・イワノヴィチ・バザーロフ
エヴゲーニーの父親。元軍医で、正教の信仰を大切にする。
アリーナ・ヴラシェヴナ・バザローヴァ
エヴゲーニーの母親。占いなどを信じるお人好しな女性。
アンナ・セルゲーヴナ・オディンツォーワ
裕福な未亡人。エヴゲーニーが恋をする。
カテリーナ・セルゲーヴナ・ロクテーヴァ
アンナの妹。アルカージーと結婚する。
フェドーシャ・ニコラーエヴナ
ニコライの家政婦の娘。後にニコライと結婚する。

作品の評価と影響

『父と子』は、ツルゲーネフの代表作として広く知られており、自然主義文学の先駆けとしても評価されています。その影響はロシア文学のみならず、日本の白樺派の作家たちにも及びました。世代間の対立、新しい思想と伝統の衝突、そして人間の本質的な感情を描いたこの作品は、時代を超えて読み継がれています。

日本語訳

この作品は、複数の日本語訳が存在します。

佐々木彰訳 ドットブック版、講談社文庫
金子幸彦訳 岩波文庫（品切れ中）
工藤精一郎訳・新潮文庫


関連文献

旭季彦（1991年）『ナロードニキ運動とその文学』、新読書社。


関連項目

ナロードニキ
ボリシェヴィキ
ニヒリズム
ロシアのニヒリズム
夜明け前 - 島崎藤村の長編小説
文明の衝突 - サミュエル・P・ハンティントンによる国際政治学の著書


外部リンク

* 「ツルゲーネフ全集 : 新脩普及版 第4巻」（国立国会図書館デジタルコレクション、含「父と子」）昇曙夢訳

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