片山東熊

片山 東熊

明治時代に活躍した日本近代建築の礎を築いた一人、片山東熊（かたやま とうくま）は、嘉永6年（1854年）に現在の山口県にあたる長州藩萩で生を受けました。少年期には奇兵隊に身を投じ、戊辰戦争にも参戦するなど、激動の時代を経験しました。

日本建築界への道

戦後、片山は新たな道を歩み始めます。工部大学校（後の東京大学工学部）の建築学科に入学し、近代建築教育の導入のためにイギリスから招聘されたジョサイア・コンドルの最初の学生の一人となりました。ここで辰野金吾や曽禰達蔵といった、後の日本建築界を牽引する面々と共に学び、西洋の建築技術やデザインを習得しました。卒業後は工部省を経て、主に宮内省でキャリアを積むことになります。彼の才能は宮廷建築の分野で大きく開花しました。

宮廷建築の大家として

宮内省に奉職した片山は、皇居の御造営、赤坂離宮（後の迎賓館）の建設、その他の宮内省関連施設の設計などに中心的な立場で関わりました。明治宮殿の建設においては、その装飾を調査するためにドイツへ派遣されるなど、当時の最先端の技術や様式を吸収する機会に恵まれました。公的な職務として県庁や博物館なども含め36件の設計に携わったほか、公務の合間には貴族の私邸など14件の設計も手がけるなど、多忙な日々を送りました。彼の設計した建物は、堅牢な構造と精緻で華麗な装飾が特徴であり、西洋の様式を取り入れつつも、日本の技術者たちの手によって実現された、当時の日本建築技術の粋を示すものでした。

不朽の代表作：迎賓館赤坂離宮

片山東熊の業績の中で、最も特筆されるのが旧東宮御所、現在の迎賓館赤坂離宮です。これは皇太子嘉仁親王（後の大正天皇）のために計画された壮大な建築プロジェクトでした。設計にあたり、片山は1897年から翌年にかけて欧米各地を視察し、最新の建築動向や技術を調査しました。1899年に着工され、彼は宮内省内匠頭、そして御造営局技監として建設全体の指揮を執りました。足かけ10年に及ぶ工事を経て、1909年に竣工したこの建物は、ネオ・バロック様式を基調とした壮麗な外観と、内部の豪華な装飾が高く評価され、明治期における日本の洋風建築の到達点と位置づけられています。その歴史的、芸術的価値が認められ、2009年には明治以降に建てられた建築物として初めて国宝に指定されました。

しかし、この傑作の完成報告を受けた明治天皇から、「贅沢すぎる」との一言があったという逸話は、片山の心中を図り知れないものがあります。この言葉が、彼のその後の健康に影響を与えたとも伝えられています。

教育者として、そして人物像

建築実務の第一線で活躍する傍ら、片山は後進の育成にも情熱を注ぎました。1887年には、同期の辰野金吾や帝国大学の渡辺洪基らと共に工手学校（現在の工学院大学）の設立に参画し、造家学科の教務主理として日本の近代建築を担う若者たちの教育にあたりました。

片山のキャリアの初期には、少年奇兵隊時代の縁や兄との関係から、政界の実力者であった山縣有朋の後ろ盾があったとされています。山縣の自宅設計を手がけたことは、彼の建築家としての事実上の処女作となり、宮内省への勤務へとつながる一因となったとも言われています。

また、「天皇の料理番」として知られる秋山徳蔵との意外なエピソードも残されています。若き秋山が、宮内省大膳寮の厨房に下足のまま立ち入った片山に対し、相手が誰とも知らずに「馬鹿野郎」などと怒鳴りつけたという話は、規律を重んじる秋山の性格と、当時の宮内省内の格式張らない一面を垣間見させる出来事として伝えられています。

栄典と晩年

長年の建築分野での功績に対し、片山東熊は多岐にわたる栄典に浴しました。位階は正三位にまで昇り、勲一等旭日大綬章を受章するなど、その功労は国家によって高く評価されました。1917年（大正6年）10月24日、65歳で病により逝去しました。その死は惜しまれ、特旨により正三位が追叙され、青山霊園に埋葬されました。

彼の設計した建物は、迎賓館以外にも現存するものが多く、その芸術的・歴史的価値から国の重要文化財に指定されているものも少なくありません。海外では、韓国ソウルにある李朝末期の雲峴宮内の洋館が片山東熊の設計ではないかとも言われていますが、こちらは確証には至っていません。

片山東熊は、日本の近代化という大きな流れの中で、国家の威信を象徴する重要な建築を数多く生み出しました。彼の遺した建物群は、明治期日本の技術力とデザインセンス、そして西洋文化を消化し昇華させようとした時代の息吹を今に伝えています。特に迎賓館赤坂離宮は、彼の建築家としての才能が集約された傑作として、日本近代建築史において不朽の輝きを放っています。

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