片山良庵

片山良庵：江戸前期の軍学者と医師

片山良庵は、江戸時代前期に活躍した、類まれな人物です。軍学に精通し、医師としても優れた能力を発揮しました。越前福井藩、そして越前松岡藩に仕え、その生涯は、激動の時代を生き抜いた知略と武芸の持ち主としての魅力に満ち溢れています。

生涯：知の探求から軍学への転身

慶長6年(1601年)、京都で生まれた良庵は、幼少期より儒学者藤原惺窩に師事し、儒学を深く学びました。林羅山とも同門の友人関係にあったと伝えられています。若くして経史子集に通じ、その才能は周囲を驚かせました。しかし、百日以上に及ぶ重病を患い、学問を中断せざるを得ません。病癒後、学問の遅れを痛感した良庵は、兵法の修業に転じます。

良庵は、甲州流軍学に深く通じ、8家から奥義を伝授されるほどの実力者となりました。その名声は高く、多くの門弟が彼の教えを求めました。甲州流、北条流以外にも、鵜飼某や宇佐宮春慶らの軍学、小笠原流、宇野流、そして謙信流（越後流）の軍書を学ぶなど、幅広い軍学を修めました。当初は赤堀という姓でしたが、軍学の達人となった後に片山を名乗ったと言われています。

元和2年(1616年)、信濃松代藩主・松平忠昌に軍師として招かれ、禄300石を与えられます。医師としても藩に仕え、寛永元年(1624年)、忠昌の転封に伴い越前福井に移り住みました。

寛永15年(1638年)には江戸で『古戦場夜話』を著しました。江戸でも多くの門弟が彼の門を叩き、林道春や北条氏長といった著名な人物との交流もありました。幕府からの登用話もあったものの、固辞したため、忠昌から剃髪と医服の着用を命じられ、良庵と改名。「秋扇」という号を名乗るようになりました。

正保2年(1645年)、忠昌の死後、松平光通が福井藩を継承し、松平昌勝が5万石の松岡藩に分封されました。良庵は主君である昌勝に付き従い、松岡藩士となりました。松岡藩では、新規築城が許されなかったため、館（陣屋）の建設が行われ、良庵はその総督として陣構えや築城法の知識を活かしました。良庵の設計により、九頭竜川南岸に築かれた松岡館は、複雑な曲がり角を持つ「松岡十二曲り」として知られる防御堅固な城郭となりました。

松岡藩に移った後も、良庵は福井藩主・松平光通や、越前吉江藩主・松平昌親に招かれ、兵法を教授し続けました。寛文8年(1668年)、68歳でこの世を去りました。

軍事思想：独自の解釈

良庵の軍事思想は、当時流行していた「大星の大事」という概念を重視していませんでした。門弟の証言によれば、良庵は、大星は戦いの役に立たないと考えていたようです。

家系と師弟関係：続く軍学の伝統

良庵の父祖は代々医者であったと伝えられ、父は朝廷に仕えた医師でした。良庵自身も医師としての顔を持っていたことから、家系的な背景も彼の生涯に影響を与えたと考えられます。

良庵は、藤原惺窩を儒学の師、渋江正真を兵法の師として仰ぎました。渋江正真からは、北条氏長著の兵法書「師鑑」を伝えられたと言われています。北条氏長自身も良庵の師であり、共に『高名穿鑿帳』を編纂しました。良庵は多くの弟子を育成し、その中には明石貞弘、片山包道、鈴木宗随、二木守良、真柄安勝、三岡幸庵といった、各地の藩に仕えた軍学者や医師が含まれます。良庵の弟子たちは、それぞれの藩で軍学の伝統を継承し、発展させました。

著作：後世に残る軍学の遺産

良庵は数多くの著作を残しました。『古戦場夜話』、『武鑑師法』、『古今兵歌集』、『奇正或問』、『奇正六十四問答』、『舟軍巻』、『高名穿鑿帳』、『一騎武者受用師鑑考訂抄』、『一騎武者受用巻末書備考』、『一騎受用抄』、『師鑑抄聞書』など、彼の軍学思想や知識体系を伝える貴重な資料です。これらの著作は、現在も多くの研究者によって分析され、研究されています。

結語：知略と武芸の両面に秀でた人物

片山良庵は、儒学、医学、そして軍学と、多岐にわたる才能を発揮した人物でした。激動の時代を生き抜き、その知略と武芸は、後世に多大な影響を与えました。彼の生涯と業績は、現代においても学ぶべき点が多く、歴史研究において重要な位置を占めています。

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