片岡仁左衛門 (8代目)

八代目片岡仁左衛門：上方から江戸を席巻した名優

八代目片岡仁左衛門（1810-1863）は、江戸時代を代表する歌舞伎役者の一人です。屋号は松嶋屋、俳名は李童、我童、芦燕と名乗りました。その生涯は、養子縁組や役名変更など、ドラマチックな出来事に彩られています。

仁左衛門は、七代目市川團十郎の養子となり六代目市川新之助を襲名、子供芝居からキャリアをスタートさせました。しかし、後に團十郎と不和となり、離別。三枡岩五郎と改名し、その後二代目嵐璃寛の門下で嵐橘次郎として京や大坂の宮地芝居で経験を積みます。

転機は、上方劇壇の重鎮であった七代目片岡仁左衛門に才能を見出されたことでした。天保4年（1833年）、仁左衛門の養子となり、片岡我當と改名。若手ながら、京坂の舞台で頭角を現し、実力を着実に高めていきました。天保9年（1838年）には二代目片岡我童を襲名、着実に人気を獲得していきます。

安政元年（1854年）、仁左衛門は江戸に進出します。上方で培った和事の芸は江戸っ子にも大いに受け、人気を博しました。同年、大坂で急逝した八代目市川團十郎に容姿が似ていたことから、「八代目の綿入り」というあだ名で呼ばれることになります。これは、荒事（激しいアクションが中心の演目）で知られた市川宗家の團十郎に対して、仁左衛門がその容姿を受け継ぎながらも、異なる芸風を確立したことを示唆するものです。

安政4年（1857年）、ついに八代目片岡仁左衛門を襲名。座頭として活躍する一方、立役から敵役、老役、そして女形と、幅広い役柄を演じ分けました。時代物、世話物、所作事と、ジャンルを問わず卓越した演技を披露し、観客を魅了しました。

仁左衛門の当たり役は数多く、『廓文章』の藤屋伊左衛門、『伊勢音頭恋寝刃』の福岡貢、『仮名手本忠臣蔵』の大星由良助、高師直、加古川本蔵、『けいせい青陽鶏』の三七郎信孝など、いずれも歌舞伎を代表する作品における重要な役どころです。これらの役を通して、仁左衛門は高い演技力と表現力で観客を圧倒しました。

仁左衛門の私生活にも目を向けると、妻は初代中村歌六の三女であり、子には十代目仁左衛門と十一代目仁左衛門という、後の歌舞伎界を担う名優を輩出しました。また、門人には養子の二代目片岡我當（死後九代目片岡仁左衛門を追贈）や三代目片岡市蔵など、多くの優れた役者を育てています。

文久2年（1862年）秋、大坂でその生涯を閉じました。墓所は大阪の薬王寺と東京の池上本門寺にあります。八代目片岡仁左衛門は、養子縁組から始まる波乱万丈の人生、そして上方から江戸へと活躍の場を広げ、数々の名役を演じきった、まさに歌舞伎界のレジェンドと言える存在でした。その功績は、現在もなお歌舞伎史に燦然と輝き続けています。

参考文献

伊原敏郎　『近世日本演劇史』　早稲田大学出版部、1913年
野島寿三郎編　『歌舞伎人名事典』（新訂増補）　日外アソシエーツ、2002年

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