犬懸上杉家は、
室町時代に
関東地方で強い影響力を持った
上杉氏の一派です。鎌倉の「犬懸」という地に居館を構えたことから、この名で呼ばれるようになりました。別名、四条上杉家とも称されます。一時は
上杉氏の惣領的な地位を占め、
関東管領として鎌倉府の政治を主導するまでになりましたが、
上杉禅秀の乱によってその勢力を大きく減退させることになります。
犬懸上杉家の祖は、
上杉氏の3代当主である上杉憲房の子、上杉憲藤に遡ります。憲房は建武3年(1336年)に戦死しますが、その子孫が
関東管領を務めるなど、
上杉氏の中核を担うことになります。憲藤は
足利尊氏の嫡男である千寿王(後の
足利義詮)に仕え、鎌倉の犬懸(現在の鎌倉市浄明寺にあたる地域)に屋敷を構えたのが犬懸家の始まりとされています。憲藤自身は若くして戦場で命を落としましたが、彼の遺児である朝房(4歳)と朝宗(2歳)は、家臣の石川覚道によって手厚く保護され、兄弟揃って鎌倉で成長しました。鎌倉における
上杉氏の居館としては、山内・扇谷・宅間谷などがありましたが、犬懸上杉家の屋敷は
鎌倉公方の御所(現在の六浦道沿い)のすぐ近くに位置しており、
山内上杉家が北鎌倉の山之内にあったのと比べ、公方との距離が近かったことが、全盛期の関係の深さを示唆しています。
成人後、兄の
上杉朝房は
関東執事(後に
関東管領と呼ばれる職)に就任しますが、まもなく出家して京都に隠棲しました。これにより、弟の上杉朝宗が表舞台に立つことになります。朝宗は応永元年(1394年)に
関東管領に就任し、約10年間にわたりその職を務めました。彼は晩年の70歳近くになるまで精力的に活動し、鎌倉府において主導的な立場を確立しました。この朝宗の時代に「犬懸」の家号が記録に見られるようになります。犬懸上杉家の勢力は、まさにこの朝宗一代で築き上げられたものであり、その隆盛は目覚ましいものでした。
朝宗の跡を継いだのは、子の
上杉氏憲です。氏憲は父を長年支え、娘を
関東の有力武家に嫁がせるなどして家の勢力拡大に尽力しました。父の隠居後、氏憲も
関東管領の座に就きます。しかし、犬懸上杉家の急速な台頭は、
鎌倉公方や同じ
上杉氏内の
山内上杉家との間に激しい対立を生じさせました。この緊張関係はやがて、応永23年(1417年)に「
上杉禅秀の乱」として勃発します。氏憲(禅秀)は翌年敗死し、この結果、
関東における犬懸上杉家の主要な勢力は一時的に消滅しました。
この乱以降、
関東における
上杉氏内の主導権争いは、
山内上杉家と扇谷上杉家の間で繰り広げられることになります。しかし、氏憲の子息たちの多くは、
鎌倉公方の権力拡大を警戒する室町幕府によって保護され、幕府に仕えることで血統を保ちました。上杉教朝とその子・政憲が、
堀越公方足利政知の
関東執事となったように、禅秀没後もその系統は
関東の政治舞台に足跡を残しました。しかし、戦国時代を迎える頃には、犬懸上杉家の系統の明確な動向は確認できなくなります。
なお、越後国の守護を務めた越後上杉家は、家格としてはこの犬懸流の系統とされています。