狼の星座

『狼の星座』（おおかみのせいざ）は、日本の漫画家・横山光輝の手による作品で、『週刊少年マガジン』（講談社）にて1975年から1976年にかけて連載されました。本作は、朽木寒三が1966年に刊行した小説『馬賊戦記 - 小日向白朗蘇るヒーロー』を下敷きにしており、実在した日本人馬賊「小白竜（シャオパイロン）」こと小日向白朗の波乱に満ちた生涯をモデルとしています。

概要

物語は、大正時代末期から昭和時代初期にかけての中国東北部を舞台に展開されます。主人公・大日向建作がどのようにして馬賊となり、やがて多くの馬賊集団を束ねる指導者へと成長していくのかを描くピカレスク・ロマンです。モデルとなった小日向白朗本人だけでなく、伊達順之助といった実在の日本人馬賊も作中に登場し、物語にリアリティを与えています。作者の横山光輝は、執筆にあたり、当時存命だった小日向白朗から直接取材を行っています。

ストーリー

明治時代後半、新潟県のある村で生まれた赤ん坊、大日向建作は、原因不明の病で生死の境をさまよいます。医者に見放された建作の両親は、藁にもすがる思いで祈祷師に頼ります。祈祷師の祈りによって一命を取り留めた建作に対し、祈祷師は「この子は人の上に立つか、さもなくば大盗賊となる相を持つ。それを避けるなら、6歳まで娘として育てることだ」と告げます。両親はその言葉に従い、建作を6歳まで女の子として育てます。6歳で男の子に戻された建作は、尋常小学校に入学すると、持ち前の賢さと腕力でたちまち近所のガキ大将となります。この頃から、彼の心には中国大陸への強い憧れが芽生えていました。

義務教育を終えた建作は、中国渡航の資金を稼ぐため、東京の三河屋という商店で丁稚奉公を始めます。ある日、得意先である日本陸軍将校・山部の屋敷へ御用聞きに出向いた際、建作は生まれて初めて本物の拳銃を目にし、撃たせてもらいます。強烈な反動に驚きながらも、その威力に建作は深く感動するのでした。

第一次世界大戦が勃発し、物の需要が拡大すると、商人たちは買占めに走り「成金」として巨万の富を築く一方で、庶民は日々の食事にも困窮します。各地で米騒動などの暴動が頻発し、勤め先が襲撃され職を失った建作は、別の方法で蓄財を図ります。彼は戦時下で不足していた金属に着目し、廃品のドラム缶を大量に入手して鉄板に加工し、業者に売却することで一財産を築き上げます。故郷に錦を飾った建作は、稼いだ金の大部分を両親に渡し、残りを軍資金として、ついに憧れの中国へと渡ります。

天津に到着した建作は、偶然にもかつての知人である山部少佐と再会します。山部の紹介で、彼の上司である坂西利八郎大佐のもとで働くことになった建作は、中国語や現地の生活習慣を学びます。

数年後、青年となった建作は、坂西大佐の命令でスパイとして内蒙古の調査を命じられ、旅に出ます。しかし、道中で馬賊に襲われ捕虜となってしまいます。当初は馬賊を罵倒する建作でしたが、「馬賊とは日本人が侮蔑的に呼ぶ名で、本来は村を守る自衛団だ」という説明を受け入れ、彼らと共に暮らすことを選びます。中国人からは「小東洋（シャオトンヤン＝日本の小僧）」と呼ばれ、下窪の自衛団で下働きから始めます。やがて襲撃作戦で功績を立て、大攪把（ターランパ＝自衛団の頭目）に認められ、数人の部下を持つ包頭（パオトウ＝小隊長）へと昇進します。この過程で、彼は拳銃の才能を開花させ、自衛団きっての射手として頭角を現していきます。

ある戦闘で、大攪把が流れ弾に当たって死亡します。後継者を選ぶ儀式（占い）が行われ、有力視されていた副頭目を差し置いて、小東洋が大攪把に選ばれてしまいます。占いの結果に納得できない副頭目は下窪を離れますが、組織の統率を乱すことを危惧した小東洋は彼を追討に向かいます。仲間を連れず単身で向かった小東洋は説得を試みますが叶わず、やむを得ず18人の手下共々討ち倒し、大攪把としての地位を不動のものとします。

大攪把となった小東洋は、人々の問題を次々と解決していきます。ある時、大家の娘である朱銀玲が軍閥の部下に拉致されそうになっていた場面に遭遇し、彼女を救い出します。これが縁となり、二人は恋仲になります。しかし、春の訪れと共に縄張りの見回りに出た小東洋の留守を狙い、銀玲は崔興武という軍閥の有力者に攫われてしまいます。

銀玲を取り戻すことは叶わず、またある戦闘では無理な強行突破を試み、多くの部下を失ってしまいます。大攪把としての気負いが招いた失敗を悔やんだ小東洋は、本拠地に戻らず荒野をさまよいます。その途中、偶然朱家の近くを通りかかった小東洋は、銀玲に会おうと立ち寄ります。しかし、銀玲はすでに崔興武のもとで変わり果てており、小東洋を罠にはめようと部下を連れて現れます。心から愛した銀玲の裏切りを知った小東洋は、涙ながらに彼女を射殺します。駆けつけた朱大人は、娘が人でなし（忘八蛋）になってしまったことを恥じ、小東洋を責めませんでした。

銀玲を失い心の傷を深めた小東洋は、警戒を怠り官憲に捕まってしまいます。以前は賄賂で釈放されましたが、有名になった彼は身代金での釈放が困難となり、処刑寸前となります。絶体絶命の危機に、群衆の中から彼を救い出したのは、他の自衛団の者たちでした。かつて小東洋が牢破りをした際に巻き添えで解放された中に、彼らを率いる春峰大攪把の祖父がいたのです。この出来事を機に、小東洋は春峰、そして救出を手伝った王白山の両大攪把と義兄弟の契りを結びます。

しかし、刑場破りを行った小東洋に安住の地はなく、春峰の祖父の伝手で多倫のラマ寺に匿われることになります。ところが情報が漏れ、多倫へ向かう途中の経棚という城市で再び捕縛されてしまいます。前回の失敗を恐れた経棚の役人は、早急に処刑の手続きを進めたため、どの自衛団も救出が間に合いません。処刑がまさに執行されようとした時、またもや小東洋を助け出そうとする者たちが現れます。それは、一度身柄を引き受けた以上は責任を果たすという多倫のラマ寺の人々でした。

自身の身の安全は確保されたものの、刑場破りで命を落とした者たちの遺体の引き渡しを求めた小東洋に対し、知事は遺体と小東洋の身柄を交換するという条件を出します。仲間のために義理を欠くことはできないと、小東洋は下窪の部下や義兄弟たちに使いを出し、多倫への集結を求めます。1922年、約900騎の自衛団が集結し、経棚城を攻撃。知事を含む城市の兵を全滅させ、遺体を取り戻すことに成功します。しかし、この過激な行動に対し、北京政府は小東洋を省境を越えて追跡できる「通輯令」を発布します。これにより、彼を匿ったり食事を与えるだけでも同罪と見なされることになり、ラマ寺に留まることもできなくなった小東洋は、北京にいる坂西少将を頼ることにします。

通輯令が出されたことで村に立ち寄ることもままならず、小東洋は孤独な逃避行を続けます。身体だけでなく精神にも異常をきたし、自分が殺した人々の幻影を見るようになります。奉直戦争で混乱する北京にたどり着いた時、彼は見る影もない姿になっていました。坂西を訪ねますが、身分を証明できない中国浪人の姿では相手にされません。そこへ偶然通りかかった山部少佐が、ようやく建作だと気づきます。経棚城襲撃の話を聞いていた坂西と山部も、まさか建作が小東洋本人だったとは思いもよりませんでした。彼が大物になりすぎていたため、簡単に匿うこともできず、二人は建作に北京を離れて奉天へ向かうよう促します。

奉天のホテルに逗留した小東洋のノイローゼは悪化し、昼夜問わず幻影に苦しみます。しかし、独自のネットワークで彼の居場所を知った各地の大攪把たちが訪れると、元来の堂々とした姿で対応できるのでした。奉天で知り合った曹老九大攪把は、そんな彼に千山の無量観にいる道教の導師、葛月潭老師を紹介します。藁にもすがる思いで、小東洋は千山へと単身向かいます。

千山に到着した小東洋は、葛月潭老師のもとで道教の教えを受け、武当派拳法を学び、3年間の修行を続けます。武当派拳法の免許皆伝を得る腕前となり、亡霊を見ることもなくなった小東洋は、葛月潭老師から各地の悪党を討伐する「除暴安良」こそが進むべき道だと示唆されます。そんな折、葛月潭老師のもとへ法庫県から二人の大攪把が訪れます。3千人規模の私設軍隊が村々から徴発を行い無法を尽くしているため、千山の力を借りに来たのです。葛月潭老師から野に下って悪党退治に尽力するよう説かれた小東洋は、これに応じます。下窪の部下、義兄弟の春峰・王白山、そして奉天で知り合った各地の大攪把たちが、千山の呼びかけに応じて自衛団を率い、小東洋のもとに馳せ参じました。その数、およそ2千騎以上。3千人の私設軍隊といえど、戦闘のプロである自衛団を相手に勝ち目はありませんでした。

小東洋が提示した立ち退き料があまりにも安かったため、私設軍隊の司令官は直属の部下だけを連れて逃亡します。翌朝、置き去りにされた兵士たちは、司令部がもぬけの殻であり、周囲を自衛団に囲まれていることに気づきます。まとまっていればいずれ軍閥が迎えに来ると考えた兵士たちは、無謀にも自衛団に攻撃を仕掛けますが、当然ながら太刀打ちできるはずもなく壊滅します。

こうして各地の大攪把をまとめた小東洋は、彼らを束ねる「総攪把」として祭り上げられます。その後も彼を慕って集まる者が増え、最終的には数万の自衛団が小東洋の指揮下に入ります。彼は農民たちの命と生活を守るという自身の使命を果たすべく、活躍を続けるのでした。

かつて赤子の頃、祈祷師から「人の上に立つか、大盗賊となる」と予言された大日向建作は、まさに憧れだった中国大陸で、その運命の通りに人々の頂点に立ち、そしてある意味では権力者にとって「大盗賊」ともいえる存在として、その名を轟かせたのでした。

主な登場人物

大日向建作（おおひなたけんさく）：主人公。通称は「小東洋（シャオトンヤン）」。実在の小日向白朗がモデル。新潟生まれ。中国大陸への憧れから渡航し、馬賊となる。優れた拳銃の腕と知略で出世し、最終的に数万の自衛団を率いる総攪把（ツォンランパ）となる。正義感が強いが、裏切り者には容赦しない厳しさも持つ。部下思いだが、内心に深い傷を抱える。博打はからっきし下手。
黄（おう）：「包頭（パオトウ）」と呼ばれる馬賊の小隊長。建作を馬賊の世界に引き入れた人物であり、彼の潜在能力を見抜き、馬賊としての知識や技術を指導し、物心両面で支える。小東洋が大攪把になってからは副頭目として補佐し、彼から最も信頼された人物。
朱銀玲（しゅぎんれい）：裕福な朱大人の娘。軍閥の手下から小東洋に救われ恋仲となる。しかし、小東洋の不在中に軍閥の有力者に攫われ、心身共に屈服。最終的には小東洋を罠にかけようとして逆に射殺される。後の作品や、モデルとなった小説『馬賊戦記』の人物にも影響を与えている。
小菊花（シャオジイホワ）：美貌を持つが残酷な性格の盗賊。幼少期から寺院で拳法に非凡な才能を見せるも、破門されゴロツキを集めて悪行を重ねる。最終的に小東洋によって討伐される。

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