猫田勝敏

猫田勝敏（ねこだ かつとし、1944年 - 1983年）は、広島県出身の伝説的な男子バレーボール選手です。精巧なトスワークで日本の攻撃陣を操り、「世界一のセッター」、そして「日本のコンピュータ猫田」と呼ばれました。

オリンピックでの輝かしい功績

彼のキャリアの頂点は、オリンピックでの活躍にあります。1964年の東京大会から1976年のモントリオール大会まで、日本の男子選手としては史上最多となる4大会連続でオリンピックに出場しました。この間、1964年東京大会で銅メダル、1968年メキシコ大会で銀メダルを獲得。そして、松平康隆監督率いるチームの一員として、1972年のミュンヘン大会では遂に悲願の金メダルを獲得し、日本のバレーボールを世界の頂点へと導きました。日本のクイックや時間差攻撃といった、当時革新的だった戦術の成功は、猫田の卓越したセッティング技術なしには語れません。

革新的な技術と不屈の精神

そのトス精度は、当時普及が始まったばかりのコンピュータに例えられるほど正確無比でした。また、相手チームを戸惑わせる奇策「天井サーブ」を編み出したことでも知られています。これは、高校時代に屋外練習で偶然思いついたアイディアを実戦に持ち込んだもので、彼の柔軟な発想と飽くなき探求心を示しています。1971年には右腕を複雑骨折するという大怪我を負い、ミュンヘンオリンピック出場が危ぶまれましたが、わずか約8ヶ月のリハビリで見事に復帰を果たし、金メダル獲得に貢献しました。この復帰戦となったNHK杯での登場には、多くの観客が惜しみない拍手を送り、国民の期待の大きさがうかがえました。

バレーボールに捧げた生涯

生まれ育った広島県安佐南区古市はバレーボールが盛んな土地で、両親もバレーボールに取り組んでいたことから、幼い頃から自然とバレーボールを始めました。中学時代は9人制でプレーしていましたが、崇徳高校でセッターとしての才能を見出され、頭角を現します。高校卒業後は地元の日本専売公社広島地方局（現JTサンダーズ）に入社し、専売広島男子排球部に入部。すぐに全日本監督だった松平康隆に見出され、18歳で初めて全日本に選出されました。松平監督は「猫田君がいなかったら、私は世界一を目指さなかったかもしれない」と語るほど、彼の存在は全日本にとって不可欠でした。

選手兼任監督として、そして人間として

現役時代の後半、1974年からは所属チームの専売広島で選手兼任監督を務め、1980年に現役を引退して監督業に専念しました。全日本のセッターとして長年活躍した彼ですが、「わしにとって、世界一より日本一の方が難しいかもしれん」と語っていたと伝えられています。後進の指導にも熱心で、特に眞鍋政義選手（後に全日本監督）の才能を早くから見抜いていました。

彼は類まれな努力家であると同時に、優れた人格者でもありました。練習、合宿、遠征とバレーボール中心の生活で家族との時間を十分に持てなかったことを気にかけ、胃がんに侵された際の闘病中には「かあちゃん、すまん」という言葉を残しました。また、死の直前、病床で幻覚症状が出た際にもブロックサインを出し続け、最期の言葉は「あと1本……、あと1本……」だったと伝えられています。その生涯はまさにバレーボールそのものだったと言えるでしょう。

後世への影響と功績

盟友の大古誠司氏をはじめ、多くのバレーボール関係者が猫田勝敏の偉大さを語っています。アテネオリンピック全日本男子監督の田中幹保氏は「猫田さんが生きていれば、男子もこんなに弱くならなかった」と述べ、彼の後輩セッターたちも「一生勝てないと思った」「今の全日本に猫田さんがいれば、五輪で金メダルを取れる」と、その突出した技術を称えています。

彼の功績を称え、地元広島市には猫田記念体育館が建設され、館内には彼の活躍を紹介するギャラリーがあります。また、所属していたJTサンダーズは「猫田シート」を設け、次世代へのバレーボール普及に貢献しています。2023年には、バレーボールの発展に貢献した人物を顕彰するバレーボール殿堂入りを果たしました。

バレーボール界における彼の影響は計り知れず、その情熱と技術は、今なお多くの人々に語り継がれています。

主な受賞歴
日本リーグ ベスト6、レシーブ賞
ワールドカップ ベストセッター賞、トス賞
日本バレーボール協会 バレーボール栄誉選手賞
国際バレーボール連盟 世界バレーボール20世紀の最優秀賞特別賞
* バレーボール殿堂入り (2023年)

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