猫町紀行

『猫町紀行』について

『猫町紀行』は、1982年2月に発表されたつげ義春の随筆であり、全31ページから成る豆本として発表されました。この作品は、つげの深い心理描写と独特の視点に彩られた旅行記であり、彼の心の中に存在した猫町という幻想的な世界を描いています。

出発と迷いの旅

物語の始まりは、1969年に遡ります。友人の立石慎太郎とのドライブから始まり、大月への行き先が定められました。しかし、二人は犬目宿という宿場町を目指している途中で道に迷うことになります。つげは、宿場町に対して非常に強い興味を抱いており、立石に犬目宿立ち寄ることを提案しました。犬目宿は、甲州街道から外れた静かな場所に位置し、現在はあまり知られた場所ではありませんが、つげには特別な魅力を持っているようです。

宿場町の記憶

迷い込んだ犬目宿の光景は、彼の心に強く残ります。薄紫の夕暮れに包まれた宿は、道を掃除した清潔感があり、街灯がかすかに灯る情景が印象的です。子どもや老人がのんびり遊んでいる様子は、昔の下町の賑わいを思い起こさせ、つげはその光景に深い感動を覚えました。彼は「ここの雰囲気は、これまでの旅行では味わったことがない」と感じ、移動する車の中で犬目宿に戻りたいという衝動に駆られますが、立石は先を急ぎます。

猫町との関連

つげは犬目宿での体験を読みかえすにつれ、萩原朔太郎の詩『猫町』を連想します。この作品の中で、詩人が道に迷い、白昼夢のような猫の町に迷い込むという話に、つげの自らの体験が重なるのです。このように、つげにとって犬目宿はただの宿ではなく、彼の心の内にある幻想の世界へと繋がる重要な場所になっていきます。

再訪の試み

しかし、その後、つげは犬目宿への再訪を試みるも、なかなか実現できずにいました。数年後に立石と再び訪れる機会が訪れますが、今度は再び道に迷い、思いもよらぬ場所にたどり着いてしまいます。つげは、その場所が果たして犬目宿なのかという疑問を抱えながら、再び訪れられぬまま帰り道につくのです。

高野慎三の検証

1970年代には高野慎三という人物がつげの旅行譚に興味を持ち、甲州街道を実際に踏査します。彼は後に、つげが描写した情景は犬目宿ではないかもしれないと指摘します。高野の調査によると、犬目宿は1970年の大火で焼失しており、これまでつげが見た景色は現在の犬目宿の姿とは異なっている可能性があることが分かります。

結論と宿の幻想

『猫町紀行』は、つげ義春の記憶と幻想が交錯する場所として犬目宿を描き出しています。その地名や体験は、彼にとって単なる旅行先ではなく、内面的な旅の象徴となり、読者に不思議な郷愁をもたらします。この作品は、旅による発見や人間の心理が反映された、深い余韻を残す随筆となっています。

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