猿投ダンプ事故

猿投ダンプ事故（さなげダンプじこ）は、1966年（昭和41年）12月15日に愛知県西加茂郡猿投町（現在の豊田市越戸町）で発生した、大型ダンプトラックによる重大な死亡事故です。この事故では、保育園児と保育士の列にダンプカーが突入し、多数の犠牲者を出しました。当時の日本の深刻な交通事故状況を象徴する出来事として社会に衝撃を与え、「第一次交通戦争」の代表的な事例の一つとして、その後の交通安全対策や関連法規の整備に決定的な影響を及ぼしました。

事故の概要

事故は1966年12月15日、午前8時50分頃に発生しました。現場は猿投町大字越戸字松葉地内を通る国道153号線でした。豊田方面へ走行していた砂利運搬会社の8トン積載ダンプカーが、横断歩道の手前で停車していたライトバンに対し、制動しないまま追突しました。追突の勢いで前方に押し出されたライトバンと共に、ダンプカーはちょうど横断歩道を渡っていた越戸保育園（現在の越戸こども園）の女性保育士と、およそ50名の園児からなる通園の列にそのまま突っ込んでしまいました。これにより、列にいた人々が次々と跳ね飛ばされる悲惨な事態となりました。

事故発生後、緊急の救助活動が開始され、豊田市消防署の救急車に加え、地元住民が自家用車を提供するなどして、負傷者は速やかに市内の病院へ搬送されました。しかし、この事故により、残念ながら保育士1名を含む合計11名が命を落とし、さらに22名が重傷または軽傷を負うこととなりました。

事故車両を運転していた運転手（当時29歳）は、その場で業務上過失致死傷および道路交通法違反の容疑で緊急逮捕されました。また、運転手を雇用していた建材業の経営者も、道路運送法違反や積載制限違反などの容疑で検挙されています。

事故の背景

この事故は、個人の過失だけでなく、当時の運送業界の構造的な問題や社会状況が複雑に絡み合って発生したものでした。

運転手は警察の取り調べに対し、事故直前に疲労による居眠りをしてしまったと供述しました。前日の深夜まで作業し、この日は普段より早く起きたため、強い疲労を感じていたといいます。追突の衝撃で覚醒したものの、動転してブレーキとアクセルを踏み間違えたと語っています。

事故を起こしたダンプカーの経営者は、1961年に個人で事業を開始し、事故の年の初めにダンプカーを2台体制に増やし、運転手を2名雇用していました。しかし、仕事量は不安定で、事故の数ヶ月前からは矢作ダム建設に関連する仕事を求めて遠方に出稼ぎに出ていました。運転手は歩合制の賃金体系で働いており、収入を増やすために、連日長時間労働や過密な運行スケジュールをこなすことが常態化していました。このような過重労働が、運転手の疲労を蓄積させ、居眠り運転の誘因となったと考えられています。

さらに深刻だったのは、過積載の問題です。事故車両は法定積載量6トンであるにもかかわらず、事故当時は9トンを超える砂利を積んでいました。過積載は日常的に行われており、これが車両の制動能力を著しく低下させ、事故発生時の被害を拡大させる要因となりました。

事故現場の国道153号線は、当時、矢作川で採取された砂利を運搬するダンプカーが頻繁に行き交っており、地元住民からは「ダンプ街道」と称されるほど大型車の交通量が極めて多い道路でした。事故前に実施された愛知県警の調査でも、現場を通過するダンプカーは1日に500台を超えていたことが記録されています。

この事故が発生した1966年は、日本全体で高度経済成長に伴う自動車の普及と交通網の整備が急速に進む一方で、交通事故が激増し、交通事故死者数が過去最悪の記録を更新し続けていた時期にあたります。猿投ダンプ事故は、このような社会状況下で発生した、産業活動の歪みと安全対策の遅れが招いた悲劇として、当時の交通戦争の深刻さを浮き彫りにしました。

事故がもたらした影響

猿投ダンプ事故の悲惨な被害は、社会に大きな衝撃を与え、その後の交通安全対策や法制度の整備に大きな転換点をもたらしました。

事故は第一次交通戦争を象徴する事例として広く報道され、国会でもその対策が議論されました。1967年6月6日には衆議院の交通安全対策特別委員会でこの事故が取り上げられ、これが契機の一つとなり、土砂などを運搬する大型自動車による交通事故の防止等を目的とした特別措置法、通称「ダンプ規制法」（昭和42年法律第131号）が制定される運びとなりました。これにより、ダンプカー事業者に対する規制や安全基準が強化されることになりました。

事故現場となった越戸こども園前の国道153号線では、児童の安全を確保するため、事故後に歩道や歩道橋が設置されました。また、二度とこのような悲劇が繰り返されないように、こども園の敷地内には事故の犠牲者を追悼し、安全への願いを込めた慰霊碑が建立されています。

さらに、この事故の教訓は、大型自動車の保安基準の見直しにもつながりました。特に、自転車や歩行者の巻き込み事故を防ぐための対策など、車両自体の安全性能向上が図られました。

運転免許制度も改正されました。特に大型自動車運転免許の受験資格が大幅に厳格化され、それまで18歳以上であれば普通免許の経験に関わらず受験可能だったものが、事故後は20歳以上でかつ普通自動車または大型特殊自動車のいずれかの免許を2年以上（後に3年以上、特例教習修了者は1年以上）保有していることが必要とされるようになりました。これにより、大型車の運転に必要な経験や技能、そして責任感を持つことの重要性が強調されました。

猿投ダンプ事故は、過労運転、過積載、そして安全よりも利益を優先する経営姿勢が引き起こす悲劇として、日本の交通安全史において忘れられない出来事となりました。この事故から得られた教訓は、その後の交通安全意識の向上や法制度の整備に大きく寄与し、今日に至るまで安全な社会を築くための基礎の一つとなっています。

もう一度検索