獅子座 (映画)

エリック・ロメール監督デビュー作『獅子座』：運命の皮肉とパリの夏

1962年公開のフランス映画『獅子座』（原題：Le Signe du Lion）は、エリック・ロメール監督のデビュー長篇作品として、ヌーヴェルヴァーグの歴史に重要な位置を占める作品です。本作は、アメリカ出身の自称作曲家ピエールが、伯母の遺産相続を期待してパリで華やかな生活を送ろうとするも、思わぬ展開から転落していく様を描いたヒューマンドラマです。

ヌーヴェルヴァーグの気鋭たちが結集した製作

本作は、リセの教師として働きながら、映画批評誌『カイエ・デュ・シネマ』の前身である『ラ・ガゼット・デュ・シネマ』の編集にも携わっていたロメール監督にとって、長編映画監督としての第一歩となりました。製作には、1958年のデビュー作『美しきセルジュ』がヒットしたクロード・シャブロルがプロデューサーとして参加し、資金面を支えました。撮影は1959年のパリの夏に行われ、ロメール監督の勤務先のリセの夏休みを利用して、わずか7週間で制作されました。製作費は3500万フランと、当時としては低予算ながらも、ヌーヴェルヴァーグらしい自由な空気感と革新的なスタイルが凝縮されています。

脚本のダイアログは、ロメール監督の仲間であるポール・ジェゴフが執筆、撮影監督にはベテランのニコラ・エイエが起用されるなど、才能あふれるスタッフ陣が集結しました。さらに、ジャン＝リュック・ゴダールやジャン・ドマルキといった『カイエ・デュ・シネマ』のメンバーがカメオ出演を果たしていることでも知られています。その他のキャストにも、国際的な顔ぶれが揃い、多様な文化的背景が垣間見えます。

運命のいたずらと人間模様

物語は、6月22日、ピエールが伯母の訃報と遺産相続の知らせを受け取るところから始まります。彼は友人たちと派手なパーティーを開き、遺産を当て込んで豪勢な生活を送ろうとしますが、7月13日、遺言の内容が明らかになり、遺産はすべて従兄のものと判明します。突如として金銭的な困窮に陥ったピエールは、アパルトマンを追い出され、ホテル暮らしを余儀なくされます。やがて資金も底をつき、彼は古本を売ったり、万引きをしたりと、生活のために必死にもがきます。そして、浮浪者との出会いを経て、カフェで芸を見せる助手として働くことになります。

8月22日、ヴァカンスを終えた友人たちがパリに戻ってきますが、ピエールは姿を消していました。彼らには、ピエールの身に何が起きたのか知る由もありません。皮肉にも、その頃、ピエールの従兄が急死し、遺産はピエールに相続されることになります。しかし、ジャン＝フランソワが発見したピエールは、すでに浮浪者同然の姿に変貌していました。

ロメール作品に見る人間と社会

本作は、単なる遺産相続劇にとどまりません。ピエールの運命の皮肉と、周囲の人間模様が繊細に描かれています。ロメール監督独特の静謐な演出と、登場人物たちの会話を通して、人間の本質や社会の矛盾が浮き彫りになります。 特に、ピエールの精神的な変化とその背景にある社会構造への問いかけは、現代においても深い共感を呼び起こすでしょう。

商業的には成功しませんでしたが、その後のロメール監督のキャリアに大きな影響を与えた作品として高く評価されています。日本でも長らく未公開でしたが、1990年に初公開され、現在でも多くの映画ファンに愛されています。 この作品を通して、ロメール監督の才能と、ヌーヴェルヴァーグ時代のフランス映画の豊かさを体感できるでしょう。

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