玉の井バラバラ殺人事件

玉の井バラバラ殺人事件：昭和初期の猟奇事件

1932年3月7日、東京府南葛飾郡寺島町（現在の東京都墨田区）で発覚した玉の井バラバラ殺人事件は、その猟奇的な手口で社会に大きな衝撃を与えました。この事件を機に、「バラバラ殺人」という言葉が広く知られるようになります。

事件の発覚

舞台となった玉の井は、関東大震災後に発展した私娼街でした。その付近には「お歯黒どぶ」と呼ばれる、動物の死骸などが捨てられた汚れた下水溝があり、事件はそこで発見された遺体から明るみに出ます。

ある朝、幼女が誤って下駄を溝に落とし、親が棒で探していたところ、血のようなものが滲むハトロン紙の包みが浮かんできました。通報を受けた警察が包みを引き上げると、中には首と両手を切断された上胸部胴体と、両足を切断された腰部胴体が入っていました。さらに、反対側の溝からは男性の首が発見され、同一人物の撲殺死体であることが判明しました。

しかし、遺体は死後1ヶ月ほど経過しており、下水に浸かっていたため損傷が激しく、身元の特定は困難を極めました。わずかに右上犬歯が八重歯であることと、額が富士額であることが特徴として挙げられるのみでした。

捜査の難航と糸口

捜査本部は解散し、捜査は打ち切りの状態となっていましたが、所轄の寺島警察署長は諦めずに捜査の継続を要請しました。そんな中、枕橋巡査派出所のI巡査が、過去に尋問したホームレス男性の特徴が被害者に一致することに気づきます。I巡査は男性の名前と本籍地を記録しており、警察は直ちに捜査を開始しました。

捜査の結果、ホームレス男性Tが、本郷区湯島新花町に住むHと同居していることが判明しました。しかし、Tは金策のために外出しており、所在は不明でした。Hの身辺を調査したところ、TとHが金銭上の問題で激しく口論していたことが明らかになり、警察はHを追及。ついにHは犯行を自供しました。

メディア報道と世間の反応

事件は当初、血盟団事件の影響で大きく報道されませんでしたが、迷宮入り寸前の状況から一転、メディアの注目を集めるようになります。「コマきれ殺人」や「八つ切り殺人」など様々な表現がありましたが、東京朝日新聞が用いた「バラバラ殺人事件」という表現が定着しました。

江戸川乱歩や浜尾四郎といった推理作家が犯人像を推理するなど、様々な特集記事が組まれました。特に浜尾は、当時の社会情勢を背景に、非常に事実に近い推理を展開しました。また、新聞社は過激な見出しや表現を使い、報道合戦を繰り広げました。

犯行の経緯と動機

犯人のH（当時39歳）は、妹（当時30歳）と弟（当時23歳）と共に、被害者のT（当時27歳）を自宅で殺害し、遺体をバラバラにして遺棄しました。

Hは浅草公園でTと知り合い、地主の息子であるという話を信じて同居させ、仕事の世話までしていました。妹とTを内縁関係にしようとしましたが、Tは実際には一文無しで、Hの家に居座り、暴力を振るうようになったため、HはTに殺意を抱くようになります。

そして、妹の赤ん坊が亡くなった後、Tが妹に暴力を振るったことをきっかけに、Hと弟はTを殺害。遺体を2日かけてバラバラにし、都内に遺棄しました。

Hは当初、単独犯行を主張しましたが、最終的には弟妹も共犯として逮捕されました。

裁判とその後

東京地方裁判所は、Hに懲役15年、弟に懲役8年、妹に懲役6ヶ月を言い渡しました。その後、兄弟は控訴し、Hは懲役12年、弟は懲役6年に減刑されました。

現在、犯行に使用されたノコギリとスパナは、警視庁本部庁舎内の警察参考室に展示されています。

事件の背景

玉の井バラバラ殺人事件は、関東大震災後の社会不安、貧困、ホームレス問題、そして家族間の愛憎といった様々な要因が絡み合って起きた悲劇でした。また、当時のメディアの過剰な報道も、事件を社会に深く印象づける要因となりました。

この事件は、現代社会にも通じる問題を孕んでおり、決して風化させてはならない教訓を我々に与えてくれます。

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