田中千禾夫の生涯と業績
田中千禾夫(たなか ちかお、
1905年 -
1995年)は、日本の
劇作家、
演出家、
フランス文学者として広く知られる存在であり、
日本芸術院の会員でもあります。
長崎県長崎市に生まれた彼は、旧制
長崎県立長崎中学校を卒業後、1930年に
慶應義塾大学文学部
フランス文学科を卒業しました。在学中には
獅子文六や
岸田國士の新劇研究所に入所し、
演劇に対する情熱を深めていきました。
1933年、田中は自身の処女戯曲『おふくろ』を発表し、築地座での上演により注目を集めます。この成功を契機に、彼は
演劇の世界での活動を本格化させました。翌年には
劇作家の田中澄江と結婚し、神奈川県藤沢市の鵠沼に新たな生活の場を設けました。1940年代には
文学座の創設にも参加しましたが、1944年には戦局の悪化により広島県に疎開し、しばらくの間執筆を休止せざるを得ませんでした。
戦後は活動を再開し、1947年に実存的なテーマを扱った戯曲『雲の涯(はたて)』を発表。この作品は、彼の持ち味でもある深い人間描写と心理描写が光るものでした。1951年には
千田是也に請われて
劇団俳優座の演出部員に加わり、数々の演出を手掛けます。1954年には『教育』で読売
文学賞を受賞し、特に三島由紀夫からは「
岸田國士の真の継承者」と評されるなど、その名声は高まりました。
1978年には
演劇評論的著作『劇的文体論序説』で毎日出版文化賞を受賞し、さらには1980年には
日本芸術院賞と恩賜賞を獲得し、1981年には
日本芸術院の会員に選出されるなど、彼の業績は高く評価されました。特に、彼の代表作である『マリアの首』は、1945年の
長崎市への原子爆弾投下という衝撃的なテーマを扱ったもので、この作品により岸田
演劇賞および
芸術選奨文部大臣賞を受賞しました。
田中は長崎出身ということもあり、故郷への愛情が作品に色濃く反映されており、彼の作品は戦争や人間の苦悩に対する深い理解と共感に満ちています。また、彼の作品は日本の新劇界における重要な位置を占め、多くの若い
劇作家たちに影響を与えました。
私生活では、田中は妻と共にカトリック信徒として知られ、新劇界の重鎮として長く
岸田國士戯曲賞の選考委員を務めていました。しかし、彼はサルトルやカミュをキングとした
鴻上尚史を嫌っていたため、その受賞を阻止し続けました。田中は
1995年に亡くなる直前に選考委員を辞任し、その年にようやく鴻上は受賞することができました。
彼の墓所はカトリック府中墓地にあり、没後は故郷長崎の浦上天主堂前に澄江夫人が筆を取った碑文が建立されています。趣味としては「ぞうきん縫い」を挙げていました。田中千禾夫の作品や業績は、今なお多くの人々に影響を与え続けており、その存在は日本の
演劇史において忘れられないものとして語り継がれています。