田恒

田恒：春秋時代の斉国を揺るがした男

田恒（でんこう、生没年不詳、紀元前5世紀頃）は、春秋時代の斉国において、その歴史を大きく変えた人物です。田氏の宗主として、斉国の政権を掌握し、後の「田斉」と呼ばれる時代の幕開けを告げた、まさに立役者と言えるでしょう。姓は嬀（あ）、氏は田あるいは陳、諱は恒あるいは常、諡は成であり、田成子、陳成子とも呼ばれています。

激動の生涯：権力掌握への道

田乞（でんき、田釐子）の子として生まれた田恒は、紀元前485年、父である田乞の死後、田氏の宗主位を継承します。当時、斉国は悼公の暗殺、簡公の即位と、不安定な情勢にありました。田恒は闞止（かんし）とともに左右の相に任命されますが、闞止を快く思っていませんでした。闞止は簡公の寵愛を受けており、その権力を容易に奪うことは困難だったのです。

そこで田恒は、巧妙な策略を用います。穀物の支給には大きな斗を使い、収納には小さな斗を使うことで、民衆に豊かさをもたらしたのです。「老女が黍を採れるのは、田子のお陰だ」と民衆が歌い、田恒への支持を高めました。しかし、闞止との対立は深まるばかりでした。田氏の遠縁である田豹が闞止に重用されていたことが、事態をさらに複雑なものにしました。

闞止は田氏の宗家を滅ぼし、田豹を代わりに据えようという計画を立てます。しかし、田豹は密かに田恒にこの計画を伝えました。機先を制するために、紀元前481年5月、田恒は兄弟たちと共に決起。闞止を討ち、簡公を捕らえ、同年6月、簡公を殺害します。そして、簡公の弟である姜驁（きょうごう、後の平公）を新たな斉公に擁立し、自ら斉の相の地位に就いたのです。

安定化への取り組み：外交と内政

簡公殺害という大胆な行動によって、諸侯からの攻撃を恐れた田恒は、紀元前480年冬、魯との講和を行い、成の土地を返還しました。さらに、衛にも侵攻した土地を返還するなど、周辺諸国との関係改善に努めました。一方、外交面では、晋の韓氏、魏氏、趙氏と同盟を結び、南方の呉や越との通交を開くなど、斉国の国際的な地位を高めることに成功しました。

国内では、論功行賞を行い人心を掌握し、刑罰権を掌握して、斉の公族や有力な氏族である鮑氏、晏氏、そして闞止の一族を粛清しました。こうして、田恒は斉国における揺るぎない独裁権を確立したのです。その勢力は安平から瑯琊にまで及ぶ広大な領地を支配し、平公の食邑をはるかに凌駕するものでした。私生活では、身長7尺以上の女性を後宮に収め、百人もの宮女を抱えたと伝えられています。しかし、賓客や舎人たちが後宮に出入りすることを許していたという逸話も残されています。

後継と歴史的意義

田恒の死後、70人以上の男子がいたと伝えられており、その子である田盤（でんばん、田襄子）が後を継ぎました。田恒の死によって、田氏の権力はさらに強固なものとなり、やがて斉国は「田斉」として新たな時代を迎えることになります。田恒の生涯は、春秋時代の権力闘争の激しさ、そして、政治的駆け引きの巧妙さを物語る、まさにドラマチックなものです。彼の行動は、後の斉国、ひいては中国の歴史に大きな影響を与えたと言えるでしょう。田恒は、春秋時代の歴史を語る上で決して無視できない、重要な人物の一人なのです。

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