田畑百貨店火災

田畑百貨店火災（たばたひゃっかてんかさい）

1971年（昭和46年）5月12日未明、千葉県千葉市中央（現在の千葉市中央区中央）に立地していた田畑百貨店（鉄筋コンクリート造、地下3階・地上8階建）で発生した火災事故です。この火災は、およそ16時間もの長時間にわたって燃え続け、百貨店の社長を含む1名が死亡し、消火活動にあたった消防官63名が負傷するなど、大きな人的被害をもたらしました。建物の防火区画の不備や竪穴（階段やエレベーターシャフトなど）の施工不良、窓をベニヤ板で塞いでいたことなどが、火災の延焼を拡大させた要因として指摘されました。この事故は、商業施設における防火安全対策の重要性を再認識させ、消防当局が改善指導を強化するきっかけともなりました。

田畑百貨店の背景

田畑百貨店は、第二次世界大戦後に中国から日本へ引き揚げてきた田畑国利氏が、1947年に千葉市栄町で古着屋を開いたことに始まります。その後、取り扱い品目を衣類や雑貨へと広げ、1950年には千葉市中央2丁目にメリヤス雑貨店「田畑商店」を開店しました。事業の拡大に伴い、1963年4月には同じ敷地に地上6階建ての「田畑百貨店」をオープンし、既存の「田畑商店」を百貨店やビルを管理する会社として分離独立させました。田畑氏は両社の社長を務めました。1968年には建物を地上8階・地下3階に増改築し、同時期に共同仕入機構を通じて伊勢丹と業務提携を結んでいます。

当時の千葉市では、奈良屋や扇屋（のちにジャスコと合併）といった地場百貨店が中心的な存在でしたが、そごうなど県外資本の百貨店が進出するにつれて競争が激化していました。田畑百貨店は地場百貨店の一角を占めていましたが、市内では比較的小規模な存在であり、「若いあなたのデパート」を掲げて巻き返しを図っている最中に火災に遭遇することになります。

火災前の安全上の問題点

火災発生に先立つ1970年11月30日と1971年3月11日、千葉市消防局は田畑百貨店に対し立ち入り検査を実施していました。この検査では、館内の安全管理に複数の問題点が指摘されていました。具体的には、通常用および非常用の階段に商品や陳列棚が置かれていたり、防火扉の付近に商品が山積みされており、緊急時に扉が閉鎖できない状態であったりしました。また、避難誘導を示す表示が商品や内装によって隠れて見えにくい箇所があること、増築を重ねたため店内構造が複雑化し、避難経路が分かりにくくなっていることなどが問題視されました。しかし、これらの指摘事項に対する改善は、火災発生時までに行われていませんでした。

火災の発生と延焼

1971年5月12日午前1時22分頃、千葉港へ帰港する途中の船員3名が、田畑百貨店屋外にあった木製の段飾り付近から火が出ているのを発見し、ガラスが割れる音を聞きました。彼らは近隣ビルの管理人らとともに初期消火を試みましたが、火は隣接するシャッターの郵便受け口から建物内部に侵入し、合板張りの内壁を伝って急速に燃え広がりました。旧館部分にはスプリンクラー設備が設置されておらず、また防火区画が適切に機能しなかったこと、そして窓が合板で塞がれていたことなどが、延焼を食い止める妨げとなりました。さらに、百貨店内に大量にあった衣類などの商品や建材から大量の煙が発生し、消火活動は困難を極めました。千葉市消防局は消防車23台を出動させ消火にあたりましたが、火は延べ9380平方メートルを全焼させ、完全に鎮火するまでに約16時間を要しました。これは、当時の千葉市における火災としては、焼失面積と延焼時間の両面で最大規模の火災でした。

この火災による損害額は、建物が約6億5660万円、商品などの内容物が約7億5000万円と推定されています。

唯一の犠牲者

消火活動が続く中の5月12日午後3時5分、新館8階の非常階段踊り場で、田畑国利社長（当時58歳）の遺体が発見されました。彼はこの火災における唯一の犠牲者でした。田畑社長は「住み込み社長」と自称するほど、普段から4階にあった社長室に宿泊することが多く、火災前夜も友人の祝賀会に出席した後、午後10時10分頃に社長室に戻り就寝したと見られています。火災に気づいた時にはすでに建物全体に煙が充満しており、エレベーターや階段を使って下へ避難することが困難だったため、肌着に裸足の姿で屋上へ向かおうとしたものの、屋上まであと10メートルという地点で力尽きたものと考えられています。千葉大学医学部による解剖の結果、死亡推定時刻は火災発生直後の午前1時35分から40分までの間とされ、死因は一酸化炭素中毒による窒息死と推定されました。

火災発生前日は定休日で、従業員のほとんどが慰安旅行に出ていました。当日午前0時頃まで、地階の食品売り場で冷凍機の配管工事が行われており、当初はこの際の溶接作業の火花が出火原因として疑われましたが、火元は屋外の木製段飾り付近であることが特定されました。出火原因そのものは、放火説や通行人のタバコの投げ捨て説などがありましたが、最終的に特定されることはありませんでした。出火原因の捜査は、1986年に公訴時効を迎え、未解決のまま終了しています。

火災後の百貨店の歩み

店舗の焼失と経営トップである社長を失った田畑百貨店は、経営的に大きな打撃を受けました。再建を目指し、1971年6月には救済策として西武百貨店と資本参加を含む業務提携を締結し、伊勢丹との提携関係は解消されました。1972年には被災した建物の一部を再建して営業を再開し、1974年6月13日には食品と衣料品に特化した形で新装オープンを果たしました。しかし、火災によるダメージから完全に立ち直ることはできず、1976年に百貨店としての営業を終え、閉店することとなりました。

田畑百貨店の跡地には、同年の12月1日に千葉パルコが開業しました。千葉パルコは、売り上げの伸び悩みから1978年には一部を西友に業態転換するなどして営業を続けていましたが、時代の変化とともに集客力が低下し、2016年11月30日をもって40年の歴史に幕を下ろしました。現在、跡地には20階建ての複合ビルが建設される計画が進められています。

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