発勁

発勁（はっけい）

発勁とは、中国武術における独特の力の使い方を指します。これは単に力を出すのではなく、「勁（けい）を発する」という概念に基づいています。この「勁」とは、身体全体の構造と動きを最適化し、効率的に運動エネルギーを対象に伝える技術のことです。

勁（けい）とは何か

「勁」は、単なる筋力とは異なります。楊式太極拳の伝人である鄭曼青は、「力は骨から、勁は筋から発する」と述べています。これは、勁が単なる力ではなく、身体全体の連動によって生み出される運動エネルギーであることを示唆しています。

専門的な訓練を受けていない人には、「勁」が超能力のように誤解されることもありますが、武術における「気」とは、身体の伸筋の力、張る力、重心移動の力などを指し、超常的なものではありません。勁を鍛えるためには、様々な鍛錬（中国武術では練功という）を行います。また、力むことは屈筋に力が入ってしまい、「張る力」を阻害するため逆効果であるとされます。

発勁のメカニズム

発勁は、発生させた勁（運動量）を対象に作用させることです。具体的には、特定の方法（門派により異なる）で発生させた勁を、身体の経路を通じて接触面まで導き、対象に作用させます。

一般的に紹介される発勁は、体重移動による「突き飛ばし」であることが多いですが、これは発勁の構成要素の一部に過ぎません。実際の発勁は、「勁を発生させ、接触面まで導き、作用させる」という3つの工程が同時に進行します。

このプロセスは、投擲運動、例えばキャッチボールに似ています。投擲運動では、足や体幹部を用いて運動量を発生させ、肩、肘、手を経てボールに作用させますが、中国武術では接触面まで導くことを運勁、その所作を勁道と呼びます。勁道は、勁を通す運動と、通過する経路の両方を含みます。

勁道を開く

効率的に勁を伝えるためには、身体の経路を鍛える必要があります。これを「勁道を開く」と表現します。勁道が開けなければ、発勁は不可能であり、正確な運勁もできません。

太気拳創始者の澤井健一は、勁を水銀に例え、「水銀のようなものが竹筒を通って節を突き破って出るように」と打拳の勁道を説明しました。また、「この水銀は肘で詰まりやすい」とも述べており、これは身体の使い方（沈肩墜肘）と勁道との関連性を示唆しています。

発勁の種類

発勁には様々な種類があり、各門派によってその分類方法や定義が異なります。以下に、よく使用される発勁名をいくつか挙げます。

翻浪勁（ほんろうけい、あるいは翻滾勁）: 丹田の竪回転により生じた勁が脊椎を波浪の如く伝わるもの
螺旋勁（らせんけい、あるいは擰弾勁）: 丹田の横回転により生じた擰勁が四肢末端へ伝わるもの
纏絲勁（てんしけい）: 陳式太極拳などで用いられる
抽絲勁（ちゅうしけい）: 楊式太極拳などで用いられる
寸勁（すんけい）: 至近距離から相手に勁を作用させる技術

勁と力の違い

勁と力の違いは、各門派によって定義が異なりますが、一般的に以下のような特徴があります。

勁の速度と外面上の拳脚の速度は一致しない
勁の大きさと外面上の動作の大きさは一致しない
勁の大きさと発する際の主観的な力感の大きさは一致しない
勁を発する際、勁が体内を通過する感覚がある
力は出ていかないが、勁は出ていく
力みがあるとそこで勁が止まる

まとめ

発勁は、中国武術における高度な技術であり、単なる力任せではなく、身体全体の構造と動きを最適化し、効率的に運動エネルギーを対象に伝えることを目的としています。その習得には、長年の鍛錬と深い理解が必要です。

参考文献

孫禄堂著『拳意述眞』五州出版社、BABジャパン、1999年4月。ISBN 978-4894223370
鄭曼青著『鄭子太極拳自修新法』内部資料（リプリント有）
Man-Ching Cheng, Cheng Man-Ch'Ing, Mark Hennessy 『Master Cheng's New Method of T'ai Chi Self-Cultivation』Frog Ltd, 1999年6月。ISBN 978-1883319922 （英語）（中国語）
陳炎林著、笠尾恭二訳『太極拳総合教程』福昌堂、2002年2月。ISBN 978-4892247750
邱太鐘著、邱玲玟編著『極化武道-駿身鶴法』逸文、2007年5月15日。ISBN 9789867822949 （中国語）
佐藤貴生著『実戦内家拳ファイル』BABジャパン、2007年8月。ISBN 978-4862202666

関連項目

化勁
中国武術
練気柔真法

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