白井のり子

白井のり子は、1962年1月27日に熊本県熊本市で生を受けました。旧姓は辻典子。

サリドマイドによる困難と母の手による養育

彼女の誕生は、当時の社会問題と深く結びついていました。妊娠中に母親が不眠解消のために服用した睡眠薬に含有されていたサリドマイドの影響により、白井氏は両腕を欠いた状態で生まれてきたのです。生後わずか1年で父親が家庭を出てしまったため、彼女は看護師であった母親の手によって一人で育てられました。幼い頃、母親は周囲からのいじめを心配し、白井氏を幼稚園には通わせませんでした。このため、家で一人遊びをする時間を通して、彼女は両足を巧みに使い、まるで手であるかのようにあらゆる作業をこなす術を身につけていきました。

公務員としての道、そして運転免許の取得

1968年に熊本市内の小学校に入学し、学びの機会を得た白井氏は、高校卒業後の1980年4月、地元の熊本市役所に入庁します。以来、2006年3月31日に退職するまでの26年間にわたり、公務員として勤務しました。この期間中の1982年には、20歳で日本初となる「足動式改造車」による運転免許を取得するという快挙を成し遂げています。これは、両足だけで車のハンドル操作などを行うための特別な改造が施された車両を運転するための免許であり、彼女の自立への強い意志を示すエピソードとなりました。私生活では、1983年に5歳年上の男性と結婚し、一男一女の母となっています。

映画『典子は、今』との出会い

白井氏の人生は、多くの人々の知るところとなります。1981年、映画監督の松山善三は、テレビニュースで白井氏が公務員として採用され、足を使って働く様子を見て感銘を受けました。その姿に、「彼女の努力を映像化することで、観る人に自身の生き方を問い直すきっかけを与えたい」と感じた松山監督は、白井氏の生い立ちを描いたドキュメンタリー風の映画を企画します。これが映画『典子は、今』であり、白井氏は主人公である松原典子役として出演することになりました。当時、公務員が営利企業に関わることには制限がありましたが、松山監督は熊本市長に働きかけ、特別な許可を得ることで、白井氏の映画出演を実現させました。

映画の反響と新たな出発

映画『典子は、今』は国内で大きな反響を呼び、大ヒットを記録しました。しかし、この成功は同時に、白井氏に予期せぬ影響をもたらします。彼女を一目見ようと市役所に人が押し寄せたり、感想の手紙が殺到したりするなど、その反響は想像をはるかに超えるものでした。映画の意義は感じつつも、白井氏は「映画の中の自分が、本来の自分から離れて独り歩きしている」と感じ、戸惑いを隠せませんでした。しかし、時が経つにつれて状況を客観的に捉えられるようになった白井氏は、これまで断り続けてきた講演依頼を2005年になって初めて引き受け、自身の経験を語り始めます。

公務員退職後の活動

2006年3月末をもって熊本市役所を退職した白井氏は、自らの名を冠した個人事務所「スマイルビー白井のり子事務所」を設立し、新たな活動を開始しました。ここから、彼女の生い立ちやこれまでの経験を伝える講演活動や執筆活動が本格化します。同年には初めての著書『典子44歳 今つたえたい』を出版し、2007年には映画『典子は、今』が初めてDVD化され、再び多くの人々にその存在を知らしめました。講演活動は2013年に終了しています。

経営者としての挑戦

講演活動の終了後、白井氏はビジネスの分野へと活動の場を広げます。2014年4月、事務所内にコンピュータ関連事業部門として「スマイルビー」を開設。そして2023年4月には、「株式会社スマイルビー」を設立し、代表取締役に就任しました。サリドマイドによる身体的なハンディキャップを抱えながらも、公務員、映画俳優、著述家、そして経営者と、多岐にわたるキャリアを切り拓いてきた白井のり子の生涯は、多くの人々に勇気と希望を与えています。

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