白衣の婦人

『白衣の婦人』（フランス語: La Dame blanche）は、フランスの作曲家フランソワ＝アドリアン・ボワエルデューが作曲した全3幕からなるオペラ・コミックです。1825年 12月10日、パリのオペラ・コミック座で初演されました。『白い貴婦人』と表記されることもあります。台本（リブレット）は、多作で知られるウジェーヌ・スクリーブが、イギリスの作家ウォルター・スコットの小説『ガイ・マナリング』（1815年）と『修道院』（1820年）を素材としてフランス語で書き上げました。

作品の背景と成功

この作品は初演されるやいなや、瞬く間に大成功を収め、パリの観衆を熱狂させました。スコットランドの古い城を舞台に、夜な夜な姿を現す神秘的な存在「白衣の婦人」を巡るロマンティックでありながら、どこか不気味な要素も持つ物語を、巧みな喜劇として仕立て上げています。その構成とスタイルは、19世紀におけるフランス・オペラ・コミックの重要な規範となり、後続の多くの作曲家たちに影響を与えました。オペラ・コミック座での上演回数は極めて多く、1862年には1,000回、1914年には1,675回を記録しました。同劇場ではビゼーの『カルメン』、マスネの『マノン』、トマの『ミニョン』に次いで、4番目に頻繁に上演された演目として、その人気の高さを物語っています。

音楽と台本

ボワエルデューの音楽は、その明晰さ、節度、そして簡潔さといったフランス音楽特有の美質をよく示していると評価されています。音楽評論家のグラウトは、本作をボワエルデューの代表作と位置づけ、ロッシーニによるイタリア・オペラ・ブッファ隆盛の時代にあって、フランス国民的なオペラ・コミックをほとんど独力で支え続けた彼の功績を強調しています。ボワエルデューの音楽は、過度な技巧やきらびやかな閃きに満ちているわけではありませんが、グラトリに続く旋律的な霊感と舞台への確かな本能を持っており、特に声楽を引き立てる楽器の扱いが巧みだと指摘されています。優雅さと軽やかさに溢れたその響きは、真摯で温かい情感を湛えており、しばしばモーツァルトの音楽と比較されることもあります。彼の芸術は、優しく機知に富み、感受性豊かで理知的、作為を排した繊細な独創性を持ち、素朴さと緻密さを兼ね備えた、まさにフランス的なものと言えるでしょう。作品には有名な《ロビン・アデーア》をはじめ、スコットランドの民謡が効果的に引用されており、物語の背景となる土地の雰囲気を醸成しています。

台本を手がけたスクライブの力量も特筆すべき点です。ラヴォアのような批評家は、その巧妙な構成、作曲家にとって都合の良い場面配置、そして多様な作曲家それぞれに適した主題を提供する機転を高く評価しています。『フラ・ディアヴォロ』など、他の傑作と並んで『白衣の婦人』の台本は非常に優れたものであるとされており、本作の成功以降、オペラ・コミックの台本はより面白く、巧妙で、劇的な展開に富み、さらに才気のあるものが求められるようになったと言われます。

物語の概要

物語は1759年のスコットランドを舞台に展開します。長らく行方不明となっているアヴェネル伯爵家の嫡男ジュリアンの財産と居城を、悪徳な管理人ガヴェストンが横領しようと企んでいます。一方、ジュリアン自身は過去の記憶を失い、兵士ジョルジュ・ブラウンとして生きています。彼はディクソン夫妻の娘の代父となった縁で、ガヴェストンが城を競売にかける前夜、伝説に語られる「白衣の婦人」からの手紙を受け取り、アヴェネル城に一夜の宿を求めます。城には、孤児ながら伯爵家に育てられ、「白衣の婦人」として密かに城を守るアンナがいます。アンナはジョルジュこそが探し求めていたジュリアンであることに気づき、彼の身分と城を守るために、白衣の婦人として彼を導きます。翌日の競売では、アンナの指示を受けたジョルジュが法外な価格で城を落札します。ガヴェストンは契約不履行でジョルジュを投獄しようとしますが、アンナとマルグリットが伯爵夫人の遺書と隠された財産を発見し、さらにロンドンからの情報によってジョルジュがジュリアンであることが公的に証明されます。「白衣の婦人」の正体がアンナであることも明らかになり、ジュリアンはアンナに結婚を申し込みます。一時身分の違いを理由にためらうアンナですが、ジュリアンの真摯な愛を受け入れ、二人は結ばれてハッピーエンドを迎えます。

上演史

フランス本国での成功後、本作はすぐに国外にも広まりました。イギリス初演は1826年 10月9日、ロンドンのドルリー・レーン劇場で行われ、アメリカ初演は1827年2月6日、ニューオリンズのオルレアン劇場で行われました。近年の注目すべき上演としては、2020年2月から3月にかけて行われたパリ・オペラ・コミック座での公演や、2021年2月9日のレンヌ歌劇場による上演などが挙げられます。

楽器編成

木管楽器: フルート2（うち1本はピッコロ持ち替え）、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2
金管楽器: ホルン2、トランペット2、コルネット2、トロンボーン1
打楽器: ティンパニ1
その他: 弦楽五部、ハープ

上演時間

全体で約2時間43分（序曲約8分、第1幕約50分、第2幕約65分、第3幕約40分）です。

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