皆殺しの天使

『皆殺しの天使』（原題：El ángel exterminador）は、1962年に製作されたメキシコの映画です。シュールレアリズムの巨匠、ルイス・ブニュエルが監督を務め、シルビア・ピナルやエンリケ・ランバルらが出演しています。合理性を一切排した不条理な展開の中に、人間社会、特にブルジョワジーの偽善やエゴを鋭く風刺し、痛烈なブラックユーモアを織り交ぜた作品として、公開以来高い評価を受けています。

あらすじ

物語は、あるブルジョワジーの豪邸で開かれた華やかな夜会から始まります。邸宅には多くの賓客が集まり、談笑し、音楽を楽しむなど、優雅な時間を過ごしていました。しかし、夜会が進むにつれて、邸宅の使用人たちが次々と理由もなく辞職していきます。ついには執事一人だけが残された状況で、なんとか晩餐が用意されます。

食後、列席者たちは音楽室に移り、ピアノ演奏や会話を楽しみますが、なぜか誰も帰ろうとしません。上着を脱ぎ、リラックスした様子で、まるでそこに留まるのが当然かのように振る舞います。

翌朝になっても状況は変わりません。驚くべきことに、彼らは音楽室から一歩も外に出ることができなくなっていたのです。ドアは開いており、物理的な障害は何もないにも関わらず、見えない壁に阻まれたかのように部屋から出られないのです。

閉じ込められたまま数日が経過するにつれて、食料や水が底をつき始め、人々は徐々に冷静さを失っていきます。社会的な体面は剥がれ落ち、本能的な欲望や憎悪がむき出しになり、部屋の中は混沌と化します。ついには死者も発生します。

一方、邸宅の外では異常事態が知られ、軍隊まで出動する騒ぎとなりますが、外部の人間もまた、なぜか邸宅の中に入ることができません。まるで、外と内が分断されてしまったかのようです。

極限状態に追い詰められた人々は、この異常事態の原因を邸宅の主人であるエドムンド・ノビレにあると決めつけ、彼を殺害しようと企てます。追い詰められた主人が自殺を決意したその時、一人の若い女性が、かつて脱出の鍵となるかもしれない事実に気づきます。それは、彼らが今いる場所が、夜会が開かれた夜の状況と完全に一致していることでした。彼らは夜会があった晩の行動や配置を正確に再現することで、無限ループのような状況から脱出できると考えます。半信半疑ながらも、彼らはその提案に従い、驚くべきことに無事、邸宅から脱出することに成功します。

しかし、安堵したのも束の間、脱出した人々が感謝のミサに出席するため教会に集まると、今度は教会から出られなくなってしまうという、再び同じような不条理な状況に直面することになります。

作品解説と評価

本作はルイス・ブニュエル監督のオリジナル脚本による作品で、その非合理的な展開は、監督の初期のシュールレアリズム作品である『アンダルシアの犬』や『黄金時代』とも比較されることがあります。また、登場人物たちが目的を達成しようとしても不可解な力に阻まれるというプロットは、後年の作品『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』にも通じるテーマと言えます。

閉じ込められた空間で特権階級の人々が理性を失い、社会的な規範やエチケットが崩壊していく様を描くことで、文明社会に潜む不条理や、追い詰められた人間の本質を痛烈に暴き出しています。これは単なる閉鎖空間スリラーではなく、社会批評としての側面も強く持っています。

本作は、1962年5月に開催された第15回カンヌ国際映画祭で初上映され、国際映画批評家連盟賞を受賞するなど、発表当初から高い評価を受けました。評論家からの評価も高く、例えば映画批評サイトRotten Tomatoesでは、27件のレビューのうち93%が高評価を示し、平均スコアは8.98/10点となっています。批評家の一致した見解として「社会的エチケットが堕落に退化し、文明の不条理を効果的に演じて皮肉な笑いを生んでいる」と評されています。

日本では1981年8月に初めて劇場公開され、その後長らく視聴が困難な時期がありましたが、2006年に紀伊國屋書店から発売されたDVDボックスセットに収録されたことで、容易に鑑賞できるようになりました。また、本作はオペラ化もされており、2016年にトマス・アデス作曲の《The Exterminating Angel》としてザルツブルク音楽祭で初演され、その後も各地で上演されています。

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