盛名座

盛名座 (せいめいざ)

盛名座（せいめいざ、仏: Illustre Théâtre）は、17世紀中頃のフランス、パリに誕生した劇団である。後にフランス演劇史上最大の喜劇作家となるジャン＝バティスト・ポクラン（モリエール）が、女優マドレーヌ・ベジャールらとともに、自らの演劇への情熱をかけて結成した。活動期間は1643年から1645年までの約2年間と極めて短かったが、後のフランスを代表する国立劇場コメディ・フランセーズの歴史を遡る上で、その出発点の一つとされる重要な存在である。

劇団の結成

青年期、法律を修めたジャン＝バティスト・ポクランは、家業である王室室内装飾業者を継ぐ道や弁護士としての将来を捨て、演劇の世界へ進むことを決意した。この決断には、彼の育った豊かな環境や、後に劇団をともに立ち上げるマドレーヌ・ベジャールとの出会いが影響したと考えられている。1643年1月3日、ポクランは父に家業の世襲権放棄を正式に通知し、母の遺産の一部である630リーヴルを劇団結成の資金として受け取った。同年6月30日、マドレーヌ・ベジャールの母の家で劇団設立の契約書が交わされ、盛名座が正式に発足した。

創設時のメンバーはわずか10名。座長には女優として既に実績があったマドレーヌ・ベジャールが就任し、副座長にポクランが就いた。他のメンバーには、マドレーヌの兄ジョセフや妹ジュヌヴィエーヴといったベジャール家の面々、ジェルマン・クレラン、ニコラス・ボナンファンらが名を連ねた。マドレーヌは団員中で唯一、演じる役を自由に選ぶ特権を有していた。当時の契約書には、初舞台以前の脱退には罰金、以後は4か月前の事前届け出が必要であり、違反した場合には全財産没収といった厳しい規定が盛り込まれており、設立メンバーたちの演劇にかける並々ならぬ情熱がうかがえる。

活動と試練

劇団結成後、活動の拠点となる劇場を探す必要があった。しかし、設立したばかりで資金に乏しかったため、手当たり次第に探した結果、老朽化した「ジュ・ド・ポーム」（元々は球技場）を借りることに成功した。しかし、劇場として改装するには1900リーヴルが必要となり、早速資金が不足。ポクランが父親から借金をして急場を凌いだ。劇場の改装には時間を要したため、劇団はまずパリを離れ、ルーアンへ赴いて1643年10月から1ヶ月間、試運転となる興行を行った。

パリでの本格的な活動が始まったのは1644年1月である。デビュー公演ではトリスタン・レルミットの悲劇『セネクの死』を上演したと伝えられている。当時、座長のマドレーヌは人気女優であり、またライバル劇場の一つであったマレー劇場が火災で閉鎖されていたという状況も手伝い、当初は一定の観客を集めることができた。しかし、座長と副座長ともに悲劇を好んだため、上演の中心は悲劇となった。当時のパリには、ブルゴーニュ劇場やマレー劇場といった一流の劇団が存在しており、経験の浅い盛名座が彼らに対抗することは難しかった。次第に興行成績は悪化し、観客は減少していった。

破産と劇団の終焉

興行の不振により、劇団は深刻な資金難に陥った。ポクランは金策に奔走し、各地で借金を重ねたが、状況は改善せず、団員の中には退団する者も出始めた。1644年12月19日には、さらに借賃の安い別のジュ・ド・ポームへ移転するなど経費削減を図ったが、効果はなかった。1645年になると、財政状況はさらに悪化し、債権者への支払いが不可能となり、劇団は破産に追い込まれた。同年8月2日には、劇団を代表していたポクランが、142リーヴルという借金のため債務者監獄に投獄される事態となった。

幸いにもポクランは数日で釈放されたが、残った団員はベジャール兄妹とクレランのみとなっていた。パリでの活動継続が困難になったため、新たに2名の団員を加えて一行はボルドーへと移動した。これは、後の13年間にわたる南フランス各地での巡業の始まりとなった出来事である。ボルドーでは、ギュイエンヌ総督エペルノン公爵の庇護を受けることに成功し、盛名座は公爵が所有していた劇団と合併することになった。1645年末から1646年初頭にかけてのこの合併をもって、盛名座は短いが波乱に満ちた歴史に幕を下ろしたのである。

盛名座自体は短命に終わったが、この劇団でモリエールは演劇の経験を積み、特に悲劇から喜劇へと関心を移していく転換期となった。南フランスでの巡業を経て、彼は自身の劇団を率いてパリに戻り、フランス演劇史に名を刻むことになる。盛名座は、その後のモリエール劇団、そして今日のコメディ・フランセーズへと続く、フランス演劇の重要な礎となったのである。

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