マドレーヌ・ベジャール

マドレーヌ・ベジャール（Madeleine Béjart、1618年 1月8日 - 1672年2月17日）は、17世紀フランスを代表する女優の一人です。劇作家モリエールの最初の恋人であり、彼の演劇人生、そして劇団運営において極めて重要な役割を果たしました。

生涯

ベジャール家は17世紀のフランス演劇界において、その名を知られた一家でした。マドレーヌは、森林や水資源に関わる役所の役人であった父ジョセフと、肌着商人の母マリー＝エルベの長女として生まれます。父が常に多額の借金を抱えていたため、一家の暮らしは決して裕福ではありませんでした。

1633年、15歳の時にピエール・ルノルマンとの結婚話が進み、契約書まで作成されますが、立会人の署名がないため無効となりました。この契約が無効となった理由は不明ですが、彼がマドレーヌにとって最初の男性であった可能性が高いと考えられています。

彼女がいつ頃から演劇の世界に入ったのかは定かではありませんが、1635年に出版されたジャン・ロトルーの悲劇に彼女への賛辞の詩が寄せられていることから、18歳頃にはすでに高い人気を誇る女優だったと推測されます。この時期には年間2000リーヴルという高収入を得ており、庭付きの家を買うほどの蓄えがあったと伝えられています。

叔母が著名な詩人トリスタン・レルミットの兄弟と結婚したことがきっかけで、マドレーヌはモデーヌ伯爵と知り合います。伯爵は国王ルイ13世の弟、ガストン（オルレアン公）の侍従でした。1638年7月3日には、パトロンであったモデーヌ伯爵との間に娘フランソワーズを出産し、伯爵もこの子を認知しました。しかし、伯爵の主人であるガストンらがリシュリュー枢機卿暗殺の陰謀を企てたことが露呈し、伯爵自身の身に危険が迫ったため、1639年には二人の関係は解消せざるを得なくなります。危険が去った後、伯爵は再びマドレーヌやモリエールらと良好な関係を築いたとされます。娘フランソワーズのその後の消息は一切伝わっていません。

この頃、どのように知り合ったかは定かではありませんが、後の大作家モリエールと出会い、二人の関係は生涯にわたって続くこととなります。彼女との出会いが、モリエールを演劇の道へと導いたという説も存在します。

1643年6月30日、マドレーヌは兄弟やモリエールらと共に劇団「盛名座（イリュストル・テアトル）」を設立し、彼らと共に共同座長を務めました。劇団設立時の契約書には、彼女のみが演じる役を自由に選ぶ権利を持つと記されていたとされます。マドレーヌは元々悲劇女優として名が売れており、モリエールもまた悲劇を好んだため、盛名座は当初悲劇を中心に上演しましたが、様々な不利な状況が重なり、観客はすぐに遠のき、劇団は破産に追い込まれました。1645年8月には、借金のためモリエールが収監される事態となります。このため、モリエールとその劇団はパリを離れざるを得なくなり、13年にも及ぶ南フランスでの巡業生活が始まりました。

地方巡業中、彼女はモリエールの才能を育むべく尽力しましたが、他方で彼の女性関係によって多くの苦労を重ねたと言われています。巡業中に劇団に加わった女優、マルキーズ・デュ・パルクやカトリーヌ・ド・ブリーはどちらも相当な美貌の持ち主だったとされ、モリエールが彼女たちに接近した結果、パリに帰還した1658年頃には、関係が複雑に絡み合っていました。

パリに戻ってからは年配の女性役を演じることが増えましたが、『はた迷惑な人たち』で若々しい泉の精ナイアードを演じたり、『ドン・ガルシ・ド・ナヴァール』ではヒロインを務めるなど、その美貌は衰えを見せなかったようであると評価されています。しかし、1661年の『ドン・ガルシ・ド・ナヴァール』初演時、すでに43歳になっていた彼女がヒロイン役を演じたことは、モリエールの敵対者たちからの嘲笑の的ともなりました。

1662年1月、モリエールがアルマンド・ベジャールと結婚します。アルマンドがマドレーヌにとってどのような関係（娘か妹か）であったかは、現在もはっきりしていません。マドレーヌがこの結婚に対してどのような反応を示したかについては、二通りの伝聞があります。一つは、結婚話を聞いて激しく怒り、脅迫までして反対したというもの。もう一つは、モリエールの当時の恋人カトリーヌ・ド・ブリーに彼を奪われた恨みから、モリエールを唆してアルマンドと結婚させたというものです。これらの話は、どちらもマドレーヌに対し偏見を持つ人物によって記された可能性があり、そのまま信じることはできませんが、彼女が何らかの衝撃を受けたことは想像に難くないとされます。同年1月23日の結婚契約書には、母と共に立会人として署名し、アルマンドに持参金として1万リーヴルを用意しています。

その後も、『守銭奴』や『プルソニャック氏』などで見事な演技を披露し、観客を魅了しましたが、1670年以降、新作の初演リストに彼女の名前が見られることはなくなりました。1672年初頭、病に臥した彼女は死期が近いことを悟り、遺言執行人にモリエールの親友で著名な画家であるピエール・ミニャールを指名し、アルマンドを全財産の相続人とする遺言を残しました。同年2月17日、死去。その遺骸はサン＝ポール教会に葬られました。奇しくも、一年後の同じ日にモリエールもこの世を去っています。

劇団員のラ・グランジュが記した『帳簿』によれば、マドレーヌが息を引き取った時、モリエール一座はサン＝ジェルマン＝アン＝レー城で『エスカルバニャス伯爵夫人』を上演中であり、モリエールは彼女の最期に立ち会うことができませんでした。彼女の死は、モリエールに深い悲しみと大きな影響を与えたと言われています。

エピソード

モリエールの妻となったアルマンド・ベジャールとマドレーヌ・ベジャールの関係については、長年にわたり論争が続いています。二人が親子関係にあるのか、あるいは単なる姉妹なのか。この問題はモリエールの生前から取り沙汰されていましたが、モリエール自身や彼に近い人々が沈黙を守ったため、様々な憶測を呼びました。しかし、現在に至るまで決定的な資料は見つかっておらず、その真相は不明のままです。

主な出演作

記録に残る主な出演作には以下があります。

『才女気取り』（1659年） - マドロン役
『ドン・ガルシ・ド・ナヴァール』（1661年） - エリーゼ役
『タルチュフ』（1664年） - ドリーヌ役
『守銭奴』（1668年） - フロジーヌ役

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