矢塚男命

矢塚男命（やつかおのみこと）

概要

矢塚男命は、長野県諏訪地方に伝わる民間伝承、特に諏訪信仰における重要な神の一柱です。諏訪地方の先住神とされており、その存在は、この地の古代史や信仰の根幹をなすものと考えられています。

伝承によれば、矢塚男命は、諏訪大社の祭神である建御名方神（たけみなかたのかみ）が諏訪に到来する以前から、この地を治めていたとされます。建御名方神が諏訪に勢力を拡大する際、先住の神々との間に争いが起きたとされており、その中で矢塚男命は、洩矢神（もりやのかみ）との戦いで命を落としたと伝えられています。

この伝承は、「永明村天白七五三社由緒」にも記録されており、矢塚男命がかつてこの地に住んでいたこと、建御名方神がこの地に来た際に洩矢神と戦ったこと、そして矢塚男命がその戦いで矢に当たり命を落としたことが記されています。また、死の間際に、矢塚男命は建御名方神に従うことを誓い、自分の娘を差し出したという口伝も残っています。

民話では、矢塚男命は蟹河原（がにがわら）の長者とも呼ばれ、その豪胆さが際立っています。野馬を飼い慣らし、馬に乗って狩猟に出かけたり、遠い国の市場で物資を交換したりする姿が描かれ、洩矢神さえも一目置くほどの権力を持っていたとされています。しかし、外来の神である建御名方神に敗れた洩矢神を「腰抜け」と罵倒したことが、建御名方神との戦いの引き金になったとされます。最初は相手にしなかった建御名方神も、赤い矢が居館に射ち込まれたことをきっかけに、ついに軍勢を率いて蟹河原長者の陣営を攻撃します。油断していた長者は、この攻撃を受け、流れ矢に当たって命を落としてしまいます。死に際して、矢塚男命は洩矢神に謝罪し、娘を建御名方神に差し出したとされます。建御名方神はこの娘を家臣の彦狭知命（ひこさしりのみこと）に嫁がせ、二人は蟹河原の領地に永住したと伝えられています。

系譜

矢塚男命は、茅野市横内（よこうち）に本拠を置く大矢嶋氏（おおやじまうじ）の祖先神とされています。このことから、矢塚男命は単なる神話上の存在ではなく、実際にこの地に勢力を持っていた有力な豪族であった可能性も示唆されています。

神社

矢塚男命を祀る主な神社は以下の通りです。

天白七五三（しめ）社（天白〆社）（長野県茅野市横内）：矢塚男命の旧地と伝えられ、諏訪二十八天白の総社と言われています。この神社は、矢塚男命の信仰の中心地として、地元の人々に大切にされています。
達屋酢蔵神社（長野県茅野市横内）：諏訪大社上社の摂社である達屋社と酢蔵社が合併した神社です。
大天白社（長野県茅野市横内）：横内大矢嶋一族の祝神（氏神）であり、祭神は矢嶋祖神、天白神、池生神、白鳥神、牛頭天王です。本殿は立川和四郎富昌によって1850年に建造され、2001年に茅野市有形文化財に指定されています。この神社は、地元の人々にとって重要な信仰の場であり、地域の歴史や文化を伝える貴重な存在です。

関連事項

建御名方神（タケミナカタ）: 諏訪大社の祭神。
洩矢神（モリヤノカミ）: 諏訪地方の先住の神で、建御名方神に服従したとされる。
武居大伴主神（たけいおおともぬしのかみ）: 諏訪の神の一柱。
* 天白信仰: 天白神を信仰する神道の一種で、諏訪地方で盛ん。




矢塚男命の伝承は、諏訪地方の歴史や信仰を深く理解する上で重要な役割を果たしています。彼の物語は、諏訪の神話世界を豊かに彩り、この地の文化や歴史に深く根ざした存在として、今日に伝えられています。

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